相思草







土方はいつもの隊服ではなく着流し姿で公園の端にある喫煙スペースに居た。
しかしいつも吸っているタバコはなく、取り出す仕草もない。
視線をちらりと設置されている時計へと向ければ二時前。そろそろかと思った矢先、少し離れた場所から名を呼ぶ声が聞こえた。
そちらへ向けば恥ずかしいぐらいに思い切り手を振りながら土方の元へと走ってくるの姿。
それを見て土方は本人の意思も無視して自然とその口元には笑みが浮かんでいた。


「もうついていたんですね!」

「ああ、のんびり来たつもりだったんだがな」

「でも、少し早くついていたほうが十四郎さんといっぱい居れて嬉しいです」


心からの言葉だろう。本当に嬉しそうに満面の笑みで言うの言葉には返さず、行くぞと言って歩き出す。
その歩調はに合わせているのだろう。いつもに比べて歩く速度は遅い。
隣を歩きながらは土方の顔を見れば、視線に気付いたのか一度だけの方を向くがすぐに前へと向きなおしてしまう。
ちゃんを前を見て歩かないとこけるぞ、と言うがの視線はそのままだった。


「なんだ?」

「タバコ、吸わないんですね」

「ああ・・・」


切らしてんだ。と言うがはその言葉に微笑む。
その微笑みの意味がわかったのか、しかめっ面をして顔を逸らしてしまったがそれに対しますますの微笑みは深くなっていく。
居た堪れなくなった土方は今までに合わせゆっくりだった歩調を少し早くして歩き出す。
離れていく背中を立ち止まって眺めていれば、足を止めたに気付いた土方は止まり振り返る。


「何してんだ。さっさと行くぞ」

「はい」


笑顔で返事をするがの足が動く事は無かった。
そんなを見て思わず舌打をするが、それは嫌味や苛立ちからではないとわかっているは何も言わず戻ってくる土方を見ていた。
一瞬躊躇ったかのように見えた土方だったがすぐに躊躇いは消えたのか、の手を掴み歩き出す。


「十四郎さん、すこし早いです」

「ウルセー。お前が映画見たいって言ってたのに妙な事するから時間がねェんだよ」


そうは言うが映画自体は三時前に入れば席も十分に空いているだろう。今の時間はまだ二時を少し過ぎたぐらいだ。
その場所から目的地まで徒歩で十分も歩かない距離だったが、はあえてそれに触れず掴まれた手の暖かさを感じていた。










「はい、お茶です」

「・・・・すまねェ・・・・」


二時間ばかりの映画を見終わり今は館内の休憩スペースに座っていた土方へと、お茶を差し出せば少し鼻声交じりの声と共に受取る。
もともと涙もろく、その涙腺も一般の者とは少し違う部分で刺激されるらしくよく映画などで泣く姿を見ている
特に気にすることもなく隣に座って自分用に買ってきたお茶を飲んだ。隣でまた鼻を啜る音が聞こえる。


「そんなに感動しました?」

「おう・・あんな為になるもんはそうそう見れるもんじゃねェ」

「それはよかったです」


も元々その映画を前から見たいと思っていたのだが、土方が好みそうな映画でもあると思い誘ったのだ。
だが最初は忙しく休みが取れるかどうかわからないと返答され、半ば一人で見に行こうと思っていた矢先である。
近藤がどうやら説得したらしく、一日ぐらいならオフにしても支障は無いといわれ土方はの誘いを受けた。
土方の様子には誘ってよかったと思い、先ほどとは少し違う微笑を浮かべながらお茶をまた一口。
隣では漸く落ち着いたのか、深く溜息をつきながら一気にお茶を飲み干した。


「十四郎さん、私まだお茶残っているんでよければ喫煙スペースでタバコ吸って来たらどうですか?」


の言葉に示された場所を見ればガラスで隔たれた部屋があり、そこに大きく『喫煙場所』と表示されている。
一瞬だが腰を上げようとした土方。しかしすぐに座りなおし「切らしてる」と先ほど聞いた台詞がまた返ってきた。
土方の言葉には喫煙スペースの横にある自動販売機を指差して買ってくればいいと言うが、首を縦に振りもせずそこから動く気配もない。
ここまで頑なにタバコを吸おうとしない土方だが、その理由を知っているはそれでも一本ぐらい吸ってきてはどうかと言う。


「いい」

「でも・・・・」

、お前タバコの臭い苦手だって言ってたじゃねェか」

「それはそうですけど、少しぐらい大丈夫ですよ」

「嫌だ」


自分の為であると言う事は十分承知しているが、こうも頑なでは逆に心配になってしまう。
世間的に言えば土方はヘビースモーカーだ。常にタバコを咥えている姿を遠目にでも見たことがある。
もちろん吸わないで居るのであればそれにこした事はない。健康的に考えてもその方が良い。
しかし無理に吸わないで居るのはストレスになってしまう。せっかくのオフなのにストレスを感じさせてしまうのはとしては避けたかった。
の気持ちも知らず土方は先ほどから『嫌だ』の一点張りである。


「吸いたいなら吸って下さい。私の為だって言うのはわかりますけど・・・。
 でも、やっぱり無理はよくありませんよ」

「・・・いいんだよ」

「よくありません」

「いいんだって。今は、お前と一緒に居る」

「だから・・っ」


気にしないでくれと言おうとしたがその前に土方は立ち上がって外へと出ていってしまった。
夕暮れに染まった町は逆に人が多く出歩き、一瞬だけは土方を見失ってしまう。
辺りを見渡せば少し離れたところから名前を呼ばれてすぐにそこへと向かった。


「十四郎さん・・・」

。お前は気にしすぎなんだよ。別に無理してるわけじゃねェ」

「でも・・・・」

「そりゃ最初は油断するとの前でもタバコに手が伸びちまいそうだったがな」


今はそうでは無いと真っ直ぐ前を向いたまま言ってくる土方の顔を見ようとしたが、窓に映った夕日の反射光でよく見えなかった。
仕方なくも前を向いて歩くが暫く二人の間には沈黙が下りる。
町のざわめきが先ほどよりも大きく聞こえ、少しだけの気持ちを不安が掠めた。
それを振り払うかのように土方の手を握れば少しだけ握り返してくる。


「お前と居ると、タバコを吸う気が起きねェんだよ」

「え?」

「むしろが居ねーと・・・・いや・・・何でもねェ」


それ以上は土方は何も言ってこなかったが、その先の言葉をは少しだけ期待してしまった。
本当は意地が悪いかもしれないが、それでもその続きを聞きたくなり「聞かせて下さい」と言ったが口を噤んでしまう。
こうなってしまっては言ってはくれないだろう事はがよく知っている。それ以上聞く事はせずに黙って道を歩いていた。
そこからさほど離れていない所に住んでいるを、いつも土方が家の前まで送って別れるのが常。少しずつその足はの家へと向かってく。
もう少しだけ、長く居たかったと思っても忙しい土方がわざわざ休みを取ってくれたのだから、これ以上の我侭は止めようと出かかった言葉を飲み込む。

玄関先で少しだけ言葉をかわして、最後に別れの言葉を紡いでが少し名残惜しげに玄関を閉める。
それがいつもの別れ方だったがこのときだけは違った。
閉める直前に土方が玄関へと手をかけて力を込め、閉めるのを阻止し顔が触れてしまいそうなぐらいに近づけて囁く。




が居ねーと、タバコの量が増えて仕方ねェんだよ」



寂しいのは、お前だけじゃねェ。



あまりの言葉を残して土方は去ってしまったが、は暫くの間その場で固まったままだった。
恥ずかしいやら嬉しいやら、気持ちが綯い交ぜになって立っていられなくなりしゃがみこんでしまう。
しかしその反面、去り際の土方の顔も夕日のせいでは無いだろう。やたらと赤かった事を思い出して思わず微笑んでしまった。





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