良い子の楽しい実験(仮)







仕事のない万事屋。その室内ではそれぞれが思い思いの行動を取っている。
新八は洗濯物を畳み、銀時は相変わらずジャンプを読みふけっている。は広告を見て安いものは無いかと端までチェック。
神楽は新聞についているクロスワードを暇潰しにやっている。
そんな事をやりながら時間は過ぎていき昼近く。誰かの腹の虫が鳴いた。

「あ〜・・・腹減ったな〜」

「そうは言いますけど、もうパンの耳しかありませんよ」

「じゃあ甘めにした奴作りましょうか?」

砂糖を塗せば簡単にできると言えば銀時は先ほどと同じ様に力ない声で返答する。

「あ、いいね。うん、甘いの作って」

「ねぇ銀ちゃん。『ニュートンが閃くきっかけになった果物』って何?」

クロスワードの問題だろう。紙を見ながら神楽は銀時へと答えを聞けば簡単に『りんごだ』と返ってくる。
ガサガサと新聞紙特有の音を立てながら書き足していく。

「じゃあ『りんごを英語でなんて読む?』」

「アップル」

「『お祭でよく見かける○○○飴』」

「・・・りんご」

「銀ちゃん、この漢字はなんて読むアル?」

紙を翳して指を指した所には『林檎』。
それを見て流石の銀時も答えずに勢いよく立ち上がる。

「てかなにそのパズル!さっきから答えりんごばっかりじゃん!ちょっと違うものでもただ英語になっただけじゃん!」

「ちなみにABCの枠の単語を繋げると答えが出るアル。答えは・・・『りんご』ネ!」

「ちょっと予想はしたけど裏切って欲しかった!銀さんとしてはそこは裏切って欲しかった!!
 もうそれパズルの意味ねーじゃん!既に周りが答えで埋め尽くされてるじゃん!枠の意味ねぇよ!なにそのりんごへの飽くなき挑戦!!」

暇すぎてイライラしていたのもあるのか、神楽からその紙をひったくると勢いよく破きだす。
突然の銀時の行動に神楽は飛び蹴りを一撃食らわした。
そのままソファーに仰け反るようにして倒れた銀時は天井を仰ぐ。いまだ意味わかんねぇよ、と文句を言っている。

「いいじゃないですか別に。初心者用としてはまずはゲームのルールを覚えるのが大切なんですから」

台所で作った甘めのパンの耳を皿に盛って戻ってきたは、苦笑しながらそれをテーブルの上に置いた。
体を起こしてそれを我先にと手を伸ばした銀時はそれでも納得いかないらしい。

「そもそも初心者用のゲームでいきなりニュートンはねぇだろうが。
 でも昔の人ってすげぇよな。ちょっとしたきっかけで偉大なひらめきができるんだぜ。俺だったらあれだ、糖分が地面に落ちれば何かひらめく気がする」

「糖分が落ちるってどんな状況だよ」

今だったら何でもひらめいちゃうかもよ。なんて言っている銀時への鋭いツッコミを忘れない新八は、パンの耳を一つ食べるごとにお茶を飲んでいる。
少し甘くしすぎたかなとは思いながらも既に5本目を食べ始めていた。

「しかしアレだな。だったらりんごが落ちて何かひらめくんじゃなくて『あ、りんごだ。握りつぶさなくちゃ』みたいな別のひらめきになるかも知れねぇな」

6本目へと伸ばそうとした手が銀時の台詞で止まる。
の動きの変化に気付かない銀時は嬉々として10本目に手を伸ばそうとしていた。
しかしそれは突然後頭部を掴まれた事で叶わなかった。

「・・・・あのー・・・さん。 つかぬ事をお聞きしますが・・・・・これ、何?」

「あ、銀さんの後頭部だ。握りつぶさなくちゃ」

言葉の凶悪さとは裏腹に、首を捻って見えたの顔は満面の笑みだった。

「ちょ!!! ま、待ってちゃん! なんか違う! なんか違うからそれ! てか何!? 何でちゃんの手はいつも事あるごとに俺の頭を掴むの!?
 何に駆り立てられているのその行動は!!??」

「怒りに駆り立てられてるんですよ」

「ちょっとした冗談じゃん! 笑ってすまそうよ! ちゃんはとっても心の広い子だって、銀さん信じてる!!」

「その広い心の中の琴線に的確に触れてるのはお前の言動ネ」

必死な銀時と違い新八と神楽は冷静に銀時の言葉に的確な答えを返す。
その二人の言動にも、正直物申したいのだが今はそれよりも背後の敵をどうにかしなければならない。
しかし何を言ってもその笑顔は崩れず、心なしか徐々に掴む手の力が増していっている気がする。


「イ、痛い、痛い、痛い 
イタイ!!! 落ち着いてちゃん。話し合おう。そう、まずは話し合いからだ!
 別に銀さんね、悪気があったわけじゃ無いの。ちゃんだったらわかってくれるよね!?」

「悪気が無いんだったら本気で言ってたって事ですか? 
なお悪いわ!!!


銀時の必死の弁解が逆にの手に込められる力を増す原因となってしまった。
その手から逃れようと、まさに死に物狂いとは今の銀時の事を言うのだろう。あまりに情けなさすぎる姿に、神楽も新八も視線をはずして溜息をついた。

「ちょ、神楽! お前ならこの手外せるだろ!! ちょ、手伝って! てか助けて!!」

「外良い天気だから散歩してくるアル。行くよ定春ー」

「ワン!」

「えぇ!!! し、新八、お前はやればできる子って信じてるよ銀さん!! だから・・・っ」

「今日トイレットペーパー安売りしてるの思い出したんで大江戸ストアまで行って来ますね」

夕方には帰ると二人は言い残し、玄関は無情にも閉まってしまった。
暫し呆然と、伸ばした手で空を掻いて銀時は恐る恐るの顔を見上げる。
先ほどより一層、深くなった笑顔がそこにあった。



「さぁ、良い子の皆。銀さんの後頭部はどれぐらいの握力まで耐えられるか実験だよー」



まるで教育番組のお姉さんのような朗らかな口調で、恐ろしい事を言ったがまさに鬼に見えた銀時だった。



「ちょ、ま、  
ワギャァァァァー!!!!!」



夕方、万事屋へ戻った神楽と新八が見たのは屍のように動かない銀時と、その横で暢気にパンの耳を食べているの姿だった。





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