無意識三倍返し
夕食も終った時間。
いつもならば、テレビを見ながら銀時と神楽との会話や、時折相槌のように聞こえる定春の一鳴きなどが響く万事屋は今日は静かだった。
けして誰もいなわけでは無く、現に居間では銀時が食後のいちご牛乳を片手にテレビを見ている。
台所では食器を洗うの姿があった。
何時も賑やかな神楽と定春は今夜はお妙と新八共々旅行に出かけている。
お妙は仕事柄、客から色々な贈り物を貰うらしいが、今回の旅行はその客から貰った旅行券だった。
客はどうやらお妙と二人で、と言う気持ちだったらしいがもちろん笑顔で丁重に断りながらも、確りとそれは貰っていく。
よくよく見れば、旅行券は一枚二名様まで、と表記されており客はそれに気付かず律儀に二枚用意していた。
たまには姉弟水入らずで旅行もいいだろうと新八に声がかかり、神楽も行きたいと言い出す。さてそれで三人分は埋まったが、あと一人は誰にするか。
も一緒にどうかと誘われたが、皆で旅行に行っている間に銀時が貯金通帳の中身を使ってしまっては、と危惧した為やんわりと断った。
そこで神楽が自分も行くならば定春も、と言い出す。もともと泊まる旅館はペット可の所らしいが、はたして旅館側は定春をペットと認識するのだろうか。
口にはしないが新八とは、もしペットに見られなかったとしても、空いた一人分の枠に当てはめれば何とかなるだろうと少々無理矢理ではあったが
自らをそれで納得させて、一瞬浮上した問題はそこで終らせておく事にする。
旅行をさぞ楽しみにしていたのだろう。普段は銀時と同じぐらい寝坊する神楽が、今朝は珍しく早起きだった。
「、銀ちゃんに襲われそうになったら迷わず潰すアル!」
「うん、もちろん!」
「・・・朝から物騒な事言い合ってんじゃねぇよ・・・」
今朝交わしたそんな会話もまだ記憶に新しい。
思い出しながらも、食器を洗う手を休めないであったが、実は今洗っている食器はつい先ほど洗剤を落としたばかりだった。
にも拘らず、再び洗剤のついたスポンジで表面を何度も何度も擦ってしまっている。
はひどく緊張していた。その理由は、ここに来てから今の一度も、万事屋に二人きり、と言う事がなかったのだ。
昼日中の町中で二人きりと言うのとは、わけが違う。
まさか初めからその事を気にしていたわけでは無く、食器を洗っている最中にふと、「いつもより静かだな・・・」と物思いに耽ってしまったのが原因だった。
変に意識し始めてしまい、やたらと心臓が煩く感じる。加えて今朝の神楽の言葉が、妙な現実味を帯びてきてしまう。
今夜だけ神楽の寝床である押入れを間借りする事なんてできないだろうか。
そんな事を考えながらも、銀時がまさか無体を働くわけもないだろう。だいたいあれは、神楽の冗談だ。いやしかし。
浮かぶ考えに対して反語がぶつかり、中々答えが定まらない。それならばいっそ、逆の発想で一緒の布団なんてありなのだろうか。
「・・・いやいやいや、あるわけながい、無しだってそれはッ」
「お前何時まで食器洗ってんの?」
「ギャー!! ぎ、ぎぎぎ、銀さん!?」
突然、背後から銀時が声をかけてきたことに驚き危うく食器を落す所だった。寸でのところで食器を掴むを気にすることもなく、冷蔵庫からいちご牛乳を取り出す。
今まで考えていた事が事だけに、余計に意識してしまい目線を逸らしてしまった。赤くなっているだろう事を自覚できるほどに、顔が熱い。
もう少し気持ちを落ち着かせてから居間に戻ろうと思っていたのだが、銀時が声をかけた事でそれもできなくなってしまう。
仕方なくさっさと食器を片付け、銀時が戻るよりも先に、逃げるようにして居間へと戻った。
先ほどまで見ていたドラマは終ったのか、居間にはニュースキャスターの声が響いている。それを聞き流しながら、ソファに座ると息を整える。
そもそも銀時はいつもと変わらないのだから、妙に意識するだけ心臓に悪い。いつも通りに接していればいいんだ。
言い聞かせながらも、いつも通りに接するにはどうしたらいいのかと、変な所で思考の波に捕らわれる。
俯き気味にあれやこれやと悩んでいたの隣に座った銀時は、いちご牛乳を口にしながら見えぬように、ニヤリと口元を歪めた。
「ほら、茶でも飲め。珍しく俺が淹れてやったんだから、ありがたく飲めよ」
「あ、・・・ありがとうございます」
浮かべた笑みを悟られぬよう、何食わぬ顔をして湯飲みをへ渡しながら、やたらと緊張した様子に悪戯心が芽生える。
温めのお茶を慎重に冷ましながら口にするの横で、銀時もいちご牛乳を飲んだ。
さて、どうからかってやろうか。は隠しているつもりなのだろうが、その実バレバレな事は言うまでもない。もちろんそんな姿をみて、何もしないわけもない。
いくらでもからかう言葉も要素もありすぎる。その中から慎重に選んでいかなければ、下手をすればその握力によって返り討ちだ。
いつもその握力で捻じ伏せられている立場である以上、たまには優位な立ち位置で居たいと思うのは当然である。
「なあ、オメーさっきから妙に硬くなってねェ?」
「っ、ゲフッ、ゲホッ・・・、な、な、なって・・・げほっ、・・・ま、せんっ!」
「いやいや、その慌てっぷりは肯定しているようなもんだろ。つか大丈夫か?」
「ぎ・・・銀さんが突然・・・ゲホ、へんな事言うから・・・」
予想以上の反応に一瞬笑いそうになったが、それを押さえ込み、咽るの背中を擦ってやる。
労わりながらも、こうも見事に反応してくれると楽しいと同時に、嬉しくもあり、せっかく押さえたと言うのに、いつのまにか口元が笑みの形を浮かべてしまった。
幸いな事に、銀時の表情にが何ら疑いを持つ事は無く、むしろ咽るような事を言った事に対して怒っている。
その怒りがまさか墓穴を掘ることになるとは、は思っていなかっただろう。
「とにかく、私は何も気にしてませんし、意識なんてしてませんから!」
「へぇー、意識してたんだー。そうかそうかー」
「あ・・・、なっ! ち、ちちち、違います、違いますから!! 二人きりだとか、そんな、気にしてませんからね、全然!」
「さっきからボロボロ本音零れてるぞ? でも、そうか。は銀さんと二人きりで、緊張してんだ。いっそ、二人きりでしかできない事とかしてみる?」
「し、ししし、してません! してませんし、しませんから、この手を離してくださいィィィ!!」
言葉を口にすればするほど、どんどんと深みにはまっている事に気付かないは、いつの間にか指先を覆うように軽く掴まれた手を離せと懇願する。
反面、銀時が余裕を見せたような口調で、追い詰めるかのような言葉を返すたび、恥ずかしさからか言葉とは裏腹にその手を強く握ってしまっている。
今まで見たことのないほどに顔を赤くして慌てふためく姿を見ながら、ギュウギュウと、強く掴まれる手を少しだけ持ち上げた。
銀時の顔すら見ていられなくなったのか、目を強く瞑った状態では何をされるのかまったく予想ができない。
ふと、手の甲に指先では無い何かが一瞬触れたような気がした。その感触に驚き、内心では飛び上がるほどに驚く。
次に何がくるのかと身構えていたが何も起こらず、そっと目を開ける。あまりに強く瞑っていたせいで、視界が微かにぼやけていた。
それでも目の前の銀時が顔を俯かせ、身を震わせているのがわかる。笑っているように見えるのは、気のせいでは無いだろう。
先ほど何をされたのか。聞きたくとも恥ずかしくてたまらない。加えて銀時への怒りも次第に膨れ上がってくる。
「ぎ・・・銀さん!!」
「くっ・・・っ、・・・動揺しすぎ・・・ブフッ」
「ちょ、わ、笑いすぎです! 動揺するに決まってるじゃないですか、あんな、あんな・・・!!」
「あんなって・・・さっき俺がなにやったか、解ってるわけ?」
「わっ・・・かりませんけど・・・でもどうせ録な事じゃないです」
拗ねたかのように顔を背けたを笑いを堪える気もないのか、それとも別の意味があるのか、ニヤニヤとした表情で見る銀時は心底楽しそうである。
横目で見たその表情に言いたい事は山とあれど、今の状況では口を開けば墓穴を掘っていくだけに過ぎない。
その結果が今の状況である。これ以上は何も言うまいと、口を尖らせて押し黙った。
の様子を見ながら表情を変えることは無く、先ほどと同じように手を少しだけ持ち上げると、手の甲へと軽く唇を落す。
まさかそんな事をされるとは思っていなかったは、驚きのあまり目を見開いて口をパクパクと動かしたが、声はまったく出ない。
「エサを欲しがる鯉みてェだぞ。何? そんなに驚く事か?」
「っ、お、お・・・驚くに決まってます!! こ、ここここんなっ、こんなっ!!」
「はいはい、照れ屋なにはあまりにも刺激的だったってわけな」
まさに茹蛸状態と言えばいいのか。先ほど以上に赤くした顔で、言葉を詰まらせたを見る銀時の笑みは一層深くなっていく。
羞恥と腹立たしさとがない交ぜになり、は何を言えばいいのかわからない。たとえ何かを言ったとしても、今の状態では言い包められて終わりだ。
だがこのまま終らせてしまうのは、どうにも釈然としない。こうなれば、一つ何か仕返しをしてやればいい。
生憎手は今も掴まれているために自由が効かない。
それならば他の動く所を使えば良いと、思考が正常の時ならばけして選ばない答えを選び取り、深く考えるより先に行動に移した。
「っ!!??」
「お、お返しです!!」
身を乗り出し、銀時の額にほんの一瞬触れたのはの唇だった。
の予想していなかった行動に思わず掴んでいた手を離してしまう。
その隙を逃さずすぐさま銀時から離れると、捨て台詞もしっかり吐いてから急いで和室へと駆け込む。
しかし逃れた所でそこは二人で寝室につかっている部屋。いやでも顔を合わせてしまう。
そんな後の事なども考えずに起こした行動を、暫くして思考が定まってきた時、は激しく後悔した。
同時に銀時も迷っていた。まさかあのような事をしたあとに、平然と部屋に戻れるほど大人でもない。
普段ならば図々しい事すらも簡単にしてのけるほどのふてぶてしさと、度胸を持ってはいるが今回ばかりは勝手が違う。
部屋に戻るか否か考えに考えた末、結局銀時はその日をソファで寝る事になる。
まさかのお返しにさすがの銀時も、平常心を保っていられないと言うのが本音だった。
「やられた・・・やられたら三倍返しとは言っておいたが、まさか返されるとは・・・」
「私、本当に何やってんだろ・・・!! ありえない!! あんな、恥ずかしい事ォォォ!!」
互いに明日からどう接すればいいのかと、襖一枚を隔てた所で思考は同じ所へ行き着き、同時に溜息をついた事を知る者はいない。
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「とんくう」の黒ぶた様への相互記念捧げ夢です!
連載「前へ進め、お前にはその足がある」のヒロインで、甘い話というリクを頂き、
しかもシチュエーションが一度は書いてみたいと思っていたものだったので、喜び勇んで書き上げました!!
本編ではありえないほどのベタベタ甘い奴を・・・!とか思ったんですがね・・・。
えっと・・・すいませんでしたとしか言い様が無いです!!
何ぞコレェェェ!!甘いって言うか、殆どギャグと言うか。本当にすいません!!
最後の最後まで、甘さの「あ」の字すら分かっていないような仕上がりで・・・。
き、気持ちと意気込みだけはたんと込めました・・・!こんな物で宜しければ、お納めいただけるとありがたいです。
相互リンクありがとうございました!どうぞこれからも宜しくお願いします!!
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