シュークリームとプライド







甘味専門の喫茶店に銀時は昼ご飯代わりにやってきた。
十個集めると五百円引きのスタンプカードも確り作っている、言わば常連。既に店長にすら顔を覚えられている。
元々甘味が好物の銀時は、普通の男性なら一人で入る事を悩みそうな甘味処であろうと臆することなく入る。
ある意味漢らしい。

数ヶ月前。
開店記念のクーポン券を持ってやってきた銀時は、そこで初めてと出会った。
まだ開店して間もない店内は混雑を極め、忙しそうに動き回るウェイトレスやウェイター。
もそのうちの一人で、銀時のテーブルへと注文を取りにきたのだが、その時は普通に注文をして食べたらさっさと店を出てしまった。
漸くバイトも終わり着替えて外へ出たは、店の前にある休憩スペースでジャンプを読んでいた銀時を見つける。
珍しい銀髪だからか、それとも男性一人という甘味屋にやってくるには珍しい客だからか。どちらにしても覚えてはいた。
の視線に気付いた銀時は顔を上げ、視線がぶつかる。会釈だけ返そうと思ったが、驚く事に銀時は目の前までやってきた。



「お姉さん、もう一つ追加注文いいですか?」

「へ? え、あ、ど、どう、ぞ・・・?」

「銀さんの、彼女になってください」

「んな!?」



衝撃的すぎるがどうやら一目惚れというやつだったらしく、悩んだりしている間に他のにとられるぐらいならといきなりの告白。
しかしあまりにも突然過ぎる。当然は困惑し、返事などままならない。
とりあえずはお互いをちょっとずつ知っていこうという事になったらしいが、一月ほど経ち改めての告白と、最初には言えなかったの返事。
後にも先にもあんなに緊張したのは初めてだとたまに思い出すは、今でも顔を真っ赤にするほどに恥ずかしかったらしい。
そんなやり取りがあった後、今現在の二人は目下ラブラブな恋人同士という奴である。





「いらっしゃいませ、ご注文は何になさいますか?」

「んー? じゃあ、

「すいませんお客様。只今そちらは品切れとなっております」

「あれ、じゃあ目の前に居るは幻ですか?」



公私混同はしないはたとえ銀時が相手であろうとも仕事中のマニュアル的な喋り方は崩す事は無い。
銀時の冗談とも本気とも取れない言葉にも笑顔でサラッと流す。
そんなやり取りもいつもの事で、それを終えればちゃんとメニューから注文をした。
暫くすれば注文の品がきて銀時がそれに舌鼓を打つ。その姿をコッソリと物陰から見ては「可愛い」などと思っていることは本人には内緒だ。

食べ終わり外へ出た銀時。その足は決まって店の前にある休憩スペースへと向かう。
それから一時間ほどすればが仕事を終えて裏口から出てくる。それを見計らって立ち上がれば、気付いたが駆け寄ってきた。
勢いもそのままに思い切り抱きつけば回した腕に力を込めた。それに応えるように銀時はの頭を撫ぜる。
銀時が店にやってきた後はいつも一緒に帰る二人。今は日が落ちるのも早く、家の前まで確りと送るさり気無い優しさがは大好きだった。
帰りの道中、今日食べたデザートは甘味がどうの、生クリームを増やしたらいいだのと意見と感想を混じらせる。



「そういえば銀さん、ちゃんの作ったシュークリームが食べたいなー」

「じゃあ今度バイトがお休みの日に作りにいくよ」



の言葉にしっかりとガッツポーズを作る姿に思わず笑ってしまった。
何かリクエストは無いかと聞いても、が作るなら何でも構わないと恥ずかしい事を平然と言ってしまう。
照れに頬を染めながら誤魔化すように生クリームもいいがキャラメルもいいなと、早口にまくし立てた。

数日が経ち万事屋へやってきたは台所を借りると早速シュークリーム制作に取り掛かった。
途中、神楽がやってきては、酢昆布を入れたら新たな味が生まれるのでは無いかと言ってきたり
銀時がきたと思えば一口味見と称してつまみ食いをしようとしたり。
いつもならそんな二人を止め、時にツッコミを入れたりする新八も一人ではだんだんと捌ききれなくなって来てしまった。
三人のやり取りを聞きながらは手際良く大量のシュークリームを作り終えた。
これでもかと言う量のそれを居間で待つ三人のところへ持っていけば待ってましたといわんばかりのはしゃぎよう。
少し多く作りすぎたかもしれないと思っていたも、目の前で次々と平らげていく姿を見ていればそんな不安もすぐに消えていく。



「ごちそーさん。いやー、やっぱちゃん最高だよ。銀さん嬉しいね、こんなおいしいもん作れる彼女もってさ」

「本当アル。が着てくれるとおいしいもの食べられるネ!」

「いえいえ、お粗末さまでした」

「あれ、さん。これ余ったんですか?」



そう言いながら指したのは生クリームの入ったボウル。
どれだけ必要かがわからなかったため、少々大量に作りすぎたらしくかなりの量が余っている。
捨てるのも勿体無いが、生クリーム単品では食べるのに苦しい。かといって万事屋の冷蔵庫には合うものが無い。
しかしそこは神楽と銀時である。ご飯にかけても食べられるかもしれないと言う神楽に、生クリーム単品でも充分だという銀時。
ボウル一つを二人で奪い合いが始まってしまった。それを宥めようとする新八だったが、返り討ちにあってしまいなかなか止める事ができない。
も必死になって止めようとするがその最中、宙を舞うボウルがの頭の上でひっくり返ってしまった事で喧嘩は収束した。



「・・・ご、ごめんなさい」

「いえ、いいんですけど・・・・・・あの、お風呂・・・借りていい・・・?」








頭から生クリームを引っ被ってしまったは今はゆったりと湯船に浸かっている。
しかし不思議な入り方をするはその蓋を半分ほど占めたまま入っていた。
そのほうが湯気も逃げないし保温効果もあるんじゃないだろうか、と考えての事だが、その効果のほどはどうかわからない。
生クリームで汚れた着物は新八がクリーニングに出してくれているらしい。
あれはある意味予想できた事故である。それにちゃんと謝ったのだから、怒る必要も無いだろう。
それにあそこまでして食べてくれようとしていた二人の姿を思い出して、は思わず笑ってしまった。

その時である。



「おーい、生きてっか?」

「!!??」

「あー、大丈夫か。あんま静かだから沈んでんのかと思ったよ。長湯もいいけど、のぼせない内に上がれよ」

「っっ!!」

「あれ、って言うかなんで蓋半分閉めてんの?」



(なんでじゃねぇぇぇぇ!!! つーか、何、ちょ、おまっ!!!)



何の前触れもなく扉を開けてきた銀時。幸い、閉めていた蓋のおかげで殆ど見えないがそれでも普通はありえない展開である。
しかし驚きが強すぎて声が出ない。内心ではツッコミなどもいれまくっているが、上手く舌が回らない。
の慌てぶりもまったく気にしていない銀時はもう一度のぼせないように、などと暢気な事を言いながら漸く戻っていった。

普通ありえないだろう。異性がお風呂に入っているのに平然と、何の前触れもなく扉を開けるなどと。
小さい子供に対して親がするならば、まだいいだろう。
しかし銀時とは異性であり恋人同士であり、つまりはあれな関係もそのうちホニャララのような。
だと言うのに先ほどの銀時の態度はなんだというのか。別に襲い掛かってこいよとまでは言わないが、それでもあの態度は無いだろう。
複雑な女のプライドと言う奴である。

結局暫くの間出辛かったがお風呂から上がったのはそれから十分ほど経ってからだった。
確りとのぼせてしまいフラフラの体のまま、たぶん銀時が置いていったのだろう着替えに袖を通して居間に行けば
そこには銀時の姿はなく神楽だけだった。新八はまだ帰ってきていないのだろう。
神楽へ銀時はどこに行ったのかと聞けば、先ほど長谷川から電話があり飲みに行ってしまったようだ。

家に彼女が泊まると言うのに飲みに行った?

は思わず口元を引きつらせた。
のぼせたおかげで怒りも少しは落ち着いてきていただったが、それを聞き再び湧き上がってきた怒り。
その本来のぶつけ先は銀時だが生憎今はいない。だからこそ、目の前の神楽に先ほどの出来事を一切脚色もなく怒り心頭のまま告げれば。



「で、それがどうかしたアルか?」

「いや、どうって・・・え?

「もうそろそろ私は寝るヨ。も銀ちゃんはどうせ明日にならなきゃ帰ってこないアル。早く寝るといいヨ」



おやすみと言いながら欠伸を噛み殺しもせずに押し入れの中に入ってしまった。
はパタリと閉められた襖を呆然と見つめながら、何がどこでどう間違っているのかと頭を抱え始める。
おかしい。明らかにいろいろとおかしい。それとも自分がおかしいのか。あの出来事は本来、騒ぎ立てるような事では無いのだろうか。
頭を抱え始めたは新八がクリーニングから帰ってきたことも、一言声をかけてから帰っていったことも気付かず。
漸く思考の海から這い上がった時には十二時を過ぎていた。
正直に言えば眠い。今すぐ眠ってしまいたいものだが、ここで何もせずに眠ってはそれこそ怒りの捌け口が無い。
そう思ったは突然立ち上がると台所に立ち、残ったシュークリームの材料で大き目のシュークリームを一つ作った。
皿の上に乗せ冷蔵庫に入れたは居間のテーブルに置いてあったメモ用紙を思い出す。
新八がの服についてなどを書いていっただろうそれの裏を利用し、新たに書いていく。
皿で押さえておき、は銀時の帰りを待つ事もなく眠りについてしまった。

翌朝。
まだ皆が寝静まっている早朝に銀時はフラフラになりながら帰ってきた。
いちご牛乳を飲んでもう今すぐにでも布団にダイブしたい、と思いながら冷蔵庫を開けた銀時の目に入って来たのは大き目のシュークリームとのメモ書き。
手にとって見れば、銀時の為だけに作ったものだから早めに食べて他の者には内緒だ、などと。
何とも可愛い事をしてくれる、とニヤつく顔を押さえきれず遠慮なく食べてしまおうと豪快に一口かじりついた時であった。



「〜〜っっ!!!!」



何ともいえない衝撃に襲われる。
鼻を突き抜ける刺激臭と口全体どころか喉までもが焼けるような痛み。
口を手で押さえ、鼻で荒く息をつきながらもそれすら苦痛を促す。先ほどから溢れ出てくる涙が止まらない。
普通ならば手にとった時点でわかるであろう独特の香りがあったものの、残念ながら酔っていた銀時にはそんな鋭い感覚はなかった。
それらを想定してのからのささやかな、しかしはっきりとした仕返しである。


昨日安売りで買っておいた万事屋のチューブワサビは、こうした一件によってたった一日で使い切られてしまった。




「本当にごめんなさい。すいません。でもあれは本当に、心配して・・・」

「心配はいいんです。それはありがたいです。でも、女としてプライドが銀ちゃんの行動によって著しく傷つけられました」

「本当すいませんでした・・・」



漸くワサビ入りシュークリームから回復した銀時はとんでもないトラップに怒りを叩き起こしたが
逆にいまだかつて見たことの無いの怒りように、台所の板の間に正座させられ説教されている銀時の姿が朝から目撃されたが
それをみた新八も神楽も一切助け舟は出さなかったと言う。





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「朧月書店」の風村雪様の日記ネタから生まれましたお話しです!
書いてみては?といわれ、怒涛の如く書き上げました!
いや、うん。人の日記読んで妄想するって自分どんだけ無節操だと思ったけどね。
でも止まらなかった!書いちゃった!ものっそ楽しかった!
どうせ書くなら甘く・・・!と思ったけれど、相変わらず甘いのか甘くないのか・・・。
甘いって何かな?

GOサインを下さってありがとうございました!
こんなんでよろしければ貰ってくださいませ〜vv


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