眠れない夜







はここ数日、眠れない夜を過ごしていた。それは毎年、この時期になると夜にある出来事がのいる部屋に起こる為である。
昨晩もそれは起こり、恐怖にかられたはただ膝を抱え布団を被り、ベッドの上で長い夜を眠らず過ごす事になった。
事が起こるのは夜の間だけで、明け方にもなればそれはなくなる。しかし恐怖により動機が激しく、眠るにしても眠気などやってこない。
一度、物は試しだと怖いのを何とか押さえ込み、ベッドに横になったまではいいのだが激しい動機により、息切れまで起こしてしまい
まだ若いというのに更年期障害か、などと的外れな事まで考え結局は眠れなかった。
それ以来、恐怖を押さえ込んでまで横になろうともせず、ただ只管朝になるのを待つばかりとなってしまったのだ。

しかし問題は私生活だけで留まらない。
睡眠が取れない状態で仕事に出るためミスも多く、ここ最近はやたらと文句を同期や先輩から言われ、上司からは注意を受ける。
理由を話そうにもどれも言い訳にしかならないと、元より気の弱いは何も言えず、ただ「すいません」と頭を下げる事しかできない。
そんなの葛藤など知らない相手からは、自己管理がなってない、などと言われてしまう。
もはや体力的にも、精神的にも追い詰められたは最後の手段だと決意し、その夜はいつも被る布団は隅に追いやり
カーテンを締め切ったベランダ窓の前に仁王立ちをした。
壁に掛けられた時計を見れば、日付が変わろうとしていた。そろそろだと、覚悟を決めた所で生唾を飲み込む。


「さあ・・・どこからでもかかってきなさっ 
・・・ぎゃっ!!


腰に手を当て、一方の手で思い切り窓を指し意気込んだのだが、「それ」が現れた瞬間決意した気持ちも
覚悟を決めた精神も崩れ落ち、素早い動きでカーテンを閉め一気にベッドへと向かうとやはり布団を被り震えるばかりだった。
念仏まで唱え始め、とうとう限界まで来た恐怖によってすすり泣きだしてしまう始末。

「どうしよう、どうしよう・・・・このままじゃ私、せっかく見つけた仕事クビになっちゃうよォ」

怖くて電気すら消せない状態のは、泣きながら気を紛らわせようと先ほどベッドに向かう時につまづき崩した新聞の山を片付け始めた。
背後では今だ、が眠れない原因が去ってはいないのだが、それすら思考に入れないようにとせめてもの抵抗だった。
ワザとと言えるほどに大きく、紙の擦れる音を立てながら片付け始めるが何束か新聞を掴んだ所で
間に挟まっていた広告などがバサバサと滑り落ちてしまい、多少それをうんざりとしながら見つめると、暫くの間動きを止めた。
その時、突然背後から一際大きな、ゴツン、という音が聞こえ恐怖にビクリと体を揺らすと、忙しなく新聞紙や広告を集め始める。



を悩ませているのは、その音だった。毎夜の如く、ベランダから響くゴツンといった硬い物がぶつかるような音。
それを初めて聞いたとき、一体何だと驚き、人一倍怖がりのは暫しの間ベランダ窓を見つめていた。
その間もゴツン、ゴツン、と音は鳴り止まず一日目は耳を塞ぎベッドの上で丸くなっていた。だがそれが連日続く為、とうとうは決起する。
怖がりながらも一人暮らしのは他に確認をしてくれる者が周りに居ない状況の中、頼るものは自分だけだと勇気を振り絞ってカーテンを引き確認した。
次の瞬間、響いたのはの絶叫。
その日の夜はそのまま倒れ、気絶して朝を迎えた。

以来、この時期になると決まって現れるそれに悩まされ、何度引越しを考えたことか。
だが決まった時期にしかこない「それ」だけのために、部屋を探し、お金を借りなどと、その様な事をするのも癪であったし
ここより安い物件など、この江戸の町の中で探す事など難しい。しかし毎年、睡眠不足の為、仕事に支障が出るためにはよく仕事をクビになってしまう。
今はバイトの身だがそろそろ、いい加減ちゃんとした定職に就きたいのも本音である。
仕事は真面目にこなすは、最初でこそ評判はいいものの、やはりミスが連発すれば会社としては痛手である事に変わりはない。


「はぁ・・・、そろそろ、本気で引っ越そうかな・・・・・・ん?」


溜息と共に、纏めた広告類をトントンと床に当て整えていると、ヒラリと小さなチラシが落ちてきた。
それは以前町中で配られていたチラシで、一応帰ってから目を通したもののさして興味もなかった為内容まで覚えていない。
そろそろ次の仕事を探さなければならないかもしれないとも思っていた
もしかしたら求人関係だったかもしれないと、手にとって見てみるがそれは求人ではなかった。


「・・・万事屋、銀ちゃん?」











「んで、依頼内容はなんですか?」

その日、銀時は万事屋に一人だった。
新八はお妙とお墓参りだと休みを取り、神楽はつい先ほど定春の散歩に出かけたので暫くは帰ってこないだろう。
日も傾きはじめ、夕方。もう客もこないだろうと思いながら、ジャンプを読みふけっていたそんな時にがやってきた。
実ははここへくるのに二日間悩んでいた。
藁にも縋りたい気持ちではあったものの、正直怪しいという気持ちもあったのだが、そんなを追い詰めるかのように次の日
いつものように会社に行けば見事にクビをきられ、覚悟は決めていたもののショックはやはり大きい。
それが後押しともなり、は万事屋へと来たわけである。

出されたお茶を飲み、少しだけ緊張をほぐしながら音の事や仕事の事、引っ越したいがそこまでお金もないということなど
今まで誰にも相談ができなかったこともあったのか、次から次へとの言葉は紡がれていく。
黙って最後まで聞いていた銀時は、その話の中で一番気になっていた事を聞いてきた。

「その音の原因って、何なの?」

「あ、あの・・・う、・・・・
もりです・・・

「え、ヤモリ?」

「コウモリ!」

毎夜続く音の原因。それはコウモリが窓にぶつかってくる音だった。
気にしないのが一番なのだが、実はの恐怖は音だけではなく、コウモリ自体にあったのだ。
原因はわからないが小さい頃、大量のコウモリに追いかけられたことのあるはそれ以来、コウモリが大の苦手になってしまい
今は無いが、夕方に空を飛び回るコウモリの姿を見るだけで怖くてたまらず、腰を抜かしたことなど何度もあった。
追い払ってくれるだけでいいと深く頭を下げるを見た銀時は、いつもと変わらない調子で何とかして見せようと立ち上がる。
玄関へ向かおうとする銀時だったがいつまでもソファに座ったまま、呆然としているを振り返った。

「あの・・・?」

「お嬢さん困ってんでしょ? だったら、さっさと追っ払うのがいいだろーが」

「っ! ・・・・・・あの、私お嬢さんじゃありません。です! よろしくお願いします、万事屋さん!」

「確かに万事屋さんだけどね。間違ってねーけど、銀さんね」

そのまま外へ行こうとする銀時を追い、も外へ出て階段を下りれば銀時の姿がなく、どこへ行ったのだと辺りを見渡していれば
横から突然伸びてきた銀時の腕と、その手にはメット。受け取り見れば、その横には銀時の愛用のバイク。
話を聞いてる間に辺りはすっかりと暗くなっている。
相手が夜に現れるならばちょうどいいのだから、のんびりする理由など無いと銀時はバイクを走らせながら後ろに乗るに言う。
しかし途中、少し寄る所があるからと言われ頷く事しかできなかった。
にとって初めてのバイク。会話もほとんど右から左で、正直落ちないようにと銀時にしがみつくのが精一杯だった。
銀時が寄ったのはホームセンターのような大型店。はバイクの所で待っているといったが有無を言わさずに引っ張られ店内を一緒に歩く。

「銀さん・・・なんですかこれ?」

「こうもり対策。つーか、ワリーけど俺、金無ェんだわ」

レジの近くまで来た所で突然の無賃宣言。は依頼料の内だと自分に言い聞かせ、黙って支払った。
それから暫くバイクを走らせ閑静な住宅街に入り、の住むアパートに着く頃にはすっかり日は落ちていた。
どこもかしこも夕飯時のためか、辺りからは仄かに食欲をそそる香りが漂う。

「あの、ここらへん外で食べれる場所無いんでウチで夕飯食べて下さい。今から作るんで少し遅くなりますけど・・・」

「あー・・・、じゃあせっかくだし。腹が減っては戦はできないって言うしね。あ、俺嫌いなものとかねーから」

が冷蔵庫を開け中から野菜だ肉だと色々と出したところで、振り返れば居間で寛いでいてくれと言ったにもかかわらず
何故か銀時がそこに立っていた。おかげで驚いた拍子に手に持っていたたまねぎを落としてしまった。
一体どうかしたのかと聞けば手伝うと言う銀時に、お客は黙って座ってればいいとは銀時の背中をぐいぐい押して居間へと戻す。
仕方なしにと言った様子で銀時は暫くは大人しくしていたものの、居間からガサガサと音が聞こえ始めた。
どうやら先ほど買った物を取り出しているらしい。
それから簡単なものだが、と野菜炒めなどを作り二人で食べ、結局間を持たすためにお互いの話しなどをする事になったが
銀時から聞かされるのは話というよりも愚痴に近い。
話し上手なのか、そんな話でもは退屈を感じる事もなく暫し本来の目的すらも忘れて談笑していた。
だが日付が変わる頃、ゴツンという音が一つ響きは突然驚き固まってしまう。心なしか、微かに震えている。
銀時が立ち上がりカーテンを広げてベランダを見れば一匹が脳震盪を起こして倒れ、もう一匹は銀時の姿を見て飛び去っていった。

「あー、あれか」

「あの、あの・・銀さん・・・っ」

「大丈夫か? つーか、ちゃん。怖いなら布団とか被って待ってなさい」

「・・・いえ、こっちの方が・・・安心します」

「・・・あー、そう・・・でも、今からベランダ開けて俺、外に行くんだけど」

銀時の後ろで腰が抜けたように座り込み、は銀時を見上げながら着流しの裾を掴んでいた。
そのままでは今から一緒に外に出る事になってしまう。銀時の言葉に一瞬身を強張らせたが、頑張ります。と答える。
しかし返ってきたのは言葉ではなくただ、まるで子供をあやすように頭を軽く叩く仕草。

「無理しねーで良いから。その心意気だけ貰っとくからここで待ってなさい」

言葉と共に着流しを脱いでの頭がすっぽり隠れるよう被せると、驚いている間にベランダの開閉音が響き、時間にしてほんの数分。
戻ってきた銀時は被せた着流しをの顔が見える程度捲ると、暫くアレで様子を見ろといって指し示したのは先ほどホームセンターで買ってきた物。
それはねずみ撃退用の超音波機だった。

「前にもコウモリが云々ってな。似たよーな依頼受けたことがあってよォ。そん時はあれで何とかなったんだけどな。
 ま、なんにもならなかったらまた俺ん所に来れば他の手を考えっからよ」

銀時の言葉に対し、他人から見れば大げさと言えるほどに喜ぶだが、にとってはまさに九死に一生に近い。
頼んでよかったと喜んだは今までの緊張が解け、連日の睡眠不足も相まってかそのまま俯くような体勢になって眠ってしまった。
最初、それに気付いていなかった銀時だったがの様子がおかしい事に気付きの体を軽く揺すって声をかけたが、返ってきたのは静かな寝息。

「おーい、ちゃーん? ・・・オイオイ、ちょっとこの子危機感無さすぎじゃね? つーか、どうすんのコレ?」

揺すった拍子に銀時に倒れかかってきたは、無意識に銀時のインナーを強く握り締めてしまったらしくその手は外れない。
今まであまり眠れていない事は依頼を受けるときの話で知っていた為、下手に動かす事もできない。
しかしこのままの体勢で眠るのは体によくないし、なにより自分の精神面にもよろしくない状況。
起こさず、せめてベッドに寝かせるぐらいはしてやろうかと思った銀時だったが、体を少しずらした拍子にの体が倒れ
膝枕をしたような体制になってしまいあまつさえ、思い切り腰に抱きつれてしまった。
慌てた銀時は必死になって起こそうとするが、体が起きる事を拒否しているのか、まったく起きる気配もない。
銀時を枕と勘違いしているのか、抱きつく腕が外れる事は無く銀時は深い溜息をついた。
しょうがないと思いながらせめて風邪をひかないようにと、着流しを布団代わりにかけてやれば安心しきった顔では寝息を立てる。
暫くして、微かに寝返りをうったは寝言なのか、小さく聞こえたのは「ありがとう」という言葉。


「・・・ちょっと銀さん、今のはキュンときたぞコノヤロー・・・」


一目惚れでもしてしまったのかもしれないと思った所で、自分の思考に驚き照れた銀時は
照れ隠しも兼ねて着流しを引っ張りの顔をすっぽりと覆ってしまい、眠れぬ夜を一人すごす事になってしまった。
次の日の朝。
銀時の予想通りにの部屋に響いたのはの絶叫と、只管銀時に謝る声だったのは言うまでも無い。





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『朧月書店』の風村雪様よりネタの使用をお許しいただき、喜び勇んで書きました!
最初は、既に彼女なヒロインさんがコウモリ苦手で銀さんにすがりついて〜などと、まったく違うネタを考えたんですがね。
恐ろしいほどに短いものになってしまいそうだったのでこちらに変更したら、今度はビックリするぐらい長くなったオチです(笑)
本当は、もっと書きたいエピソードとか色々用意してたんですけどねー・・・エヘヘ。
機会があれば、そのうち続きも書きたいなーなんて・・・(ボソリ)


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