01:なんて鈍感なんだ!!







少し強い日差しが照らす聖域の結果いギリギリの場所。人気もあまり無い場所から、打撃音や地を蹴るような音が響く。
アイオロスに光速の動きで拳を突き出すミロ。しかしそれを軽くいなす様に避け、更にその腕を掴み投げの体制へと持ち込む。
宙を舞ったミロは体を器用に回転させ地面へ着地し、アイオロスへと向き直る。
互いに相手の出方を窺い、一瞬の沈黙が流れた。
二人の間に止めの声を上げたのはアルデバラン。それに反応して、張り詰めた空気は少しずつ和らいでいった。


「二人共、時間だ」

「なんだ、もう時間がきてしまったのか。まだあると思ったのだが・・・」

「結局はアイオロスに一手入れることも出来なかったか」


自分も同じようなものだと笑みを浮かべるが、その言葉にミロは肩を竦めるだけで終らせた。
謙遜にも程があると言いたいが、互いに本気で組み手をしていたわけではなく軽い運動のようなものだった。
しかし軽い、と言っても前から三人で約束していた鍛錬を早朝からやっているのだ。
付け加えて聖闘士の中で最強を誇ると言われる黄金聖闘士が、軽く汗をかくような動きである。一般人からしてみれば
軽さなどどこにも無く、スパルタにも程があるような内容だったことは否めない。

アルデバランが一息入れようと言い出し、よく見れば太陽は真上にあり影は短い。かなりの時間を鍛錬に割いていた。
自覚すれば空腹にも気付くが、同時に三人の元へ近づいてくる知った小宇宙を二つ感じ、ミロが視線を向ければ角からちょうど
姿を見せたのはアイオリアと、そのすぐ後ろには冥衣を纏った


「あ、皆さんこんにちは!」

「おお、か。そうか、今日は定期報告の日だったな」

「はい。もう仕事は終わったんですけれど、せっかく来たんだから散歩ぐらいしたらどうかと勧められまして」

「なるほど、それでアイオリアが案内していると言うわけか」


どこか含みのある笑みを浮かべながらアイオロスがチラリと視線をアイオリアへ向けたが、傍から見れば平素と何ら変わりない様子。
しかし三人はおろか、へ散歩を提案し案内役にアイオリアを選んだ我等が女神も知っている事情がある。知らぬは本人だけだ。
そ知らぬ顔をしているように見えて、どこか落ち着きが無いようにすら感じるのは気のせいでは無い。
アイオリアはアイオロスからの視線に気付いているが、ミロと話しているの姿から目を逸らすことはなかった。


「で、アイオリア。勝算はありそうなのか?」

「あるならばここまで悩む事もないと思うのだが・・・」

「情けない、それでもこのアイオロスの弟か! 当たって砕けるぐらいの覚悟で挑まなくてどうする!」

「兄さん、そう力説するならばいい方法でも思いつくのか?」

「それとこれとは別だ」


他人の恋路を邪魔するつもりは無く、それこそ弟の恋路を応援してはいるのだが立ちはだかる壁はあまりにも強固だった。
正直に言えばアイオリアが挑んでいる壁よりも、黄金聖闘士全員で挑んだ嘆きの壁のほうが、崩す方法を知っていた点で言えばまだ簡単だった。
アイオロスの間髪いれぬ返答に溜息をこぼす事すらしなかったのは、既にこのやりとりが数回目という経験からだ。
何度挑んでも砕ける前に膝が折れてしまう。いっそ砕けた方がまだ楽と言うもの。真綿で首を締められているとはこの事だろうかと
少し苦しげにも見える表情でを見ていれば突然振り返り、視線がぶつかる。


「アイオリアさん、具合でも悪いんですか?」

「・・・いや、そうではない」

「じゃあ、どこか痛いとか? あ、今お昼ですよね! もしかしてお腹空いてます?」

「いや・・・・・・、そうだな・・・空いているな。そろそろ昼食にしよう」


どうせだから食べていけと誘えば、今までなら一度目は断りの言葉を紡ぎ、二度目に了承すると言う繰り返しだった。
最近はこのパターンが多いせいかさすがにも慣れたのだろう。ご馳走になりますとアイオリアのあとを追うように獅子宮へ向かおうとするが
二人の一連のやり取りを見ていた三人は、どうしようもなくじれったい気持ちになり、その中ミロが一番の行動派だった。


よ、君はアイオリアをどう思っているのだ?」

「な、ミロ! 突然なにを!?」

「アイオリアさんをですか? もちろん好きですよ」


ミロの言葉に驚き声をあげるが、制止しようと動き出す前に後ろからアルデバランが肩を押さえ動きを封じる。
背後で起こっているやり取りなど知らないは、笑顔付きで答えるがそのあまりの屈託なさに喜びよりも脱力が先立つ。
きっとアイオリアが欲している意味合いのものでは無いのだろうと思いながら、ならば他の者はどうなのだと聞けば
予想通りの答えに溜息の代わりにアイオリアへの不憫さが滲み出てしまった。


「聖域の皆さんも好きだし、もちろん冥界の人たちも好きですよ! まだ海界の方たちとは会ってないんですけれど・・・」

「そうか、君は博愛主義なんだな。まぁそれも良かろう。君の好意はありがたく受取っておくとしよう」

「ありがとうございます。・・・あれ、アイオリアさん、なんでそんな疲れた顔しているんですか?」


何度となく聞いた言葉。
互いが抱く、好きの意味合いの違いに何度となく挑戦しては何度も打ちのめされ、もう回数すらわからない。
ミロは想像通りなの鈍感さに、しかしこれ以上は他人が踏み入って良い領域では無いと身を引いた。
これをきっかけになにか進展があれば何よりだが、この様子では無理だろう。そう誰もが思っていたが、どこか意を決したような顔で
アイオリアは目の前に立つを真っ直ぐ、射抜くように見つめた。その視線を真正面から受けながら、逸らすことなくも黙って立っている。


「・・・

「はい」

「俺も、君が・・・いや、俺は君が好きだ」

「ありがとうございます」


わざわざ言い換えた意味すらもよくわからず、しかし向けられた好意は正直に嬉しいと感じお礼を言えば
互いの持つ「好き」に込められた気持ちに違いがある事に気付いていない様子に、自嘲の笑みが思わず浮かんでしまう。
アイオリアの気持ちに気付く事はよほどのことが無い限りないだろう。
周囲には知られているアイオリアの思い。しかし肝心の本人へは届かず。
今更仲間の前だなんだと、そのような事を気にしている余裕すらないのだが、言ってもいつも同じ結果にたどり着いてしまう。
それでも本人へその思いを言葉にして向ければ、気持ちは幾分か落ち着きスッキリする。
今はこれでいいんだと自分へ言い聞かせ、少し時間をかけすぎたと獅子宮へ足早へ戻ろうとしたアイオリアは、右手を突然掴まれ驚き見れば
掴んできたのはだった。
手を繋いでいる状態にどうしていいのか分からず掴まれた手をそのままに、ただ黙って歩く事しか出来なかった。



あまりのの鈍感さと、アイオリアの報われなさになんとも言えない気持ちがこみ上げた三人は、小さくなる二人の背を見守った。
しかし、困惑した理由は他にあり、常ならば黄金の小宇宙を纏っているアイオリアがに手を掴まれた事で
なぜか桃色小宇宙に感じてしまったことだろう。
三人同じ物を感じたのだから、気のせいでは無いのだろうがここは気のせいで終わらせておいた方が、精神衛生上良いと判断し
何も見なかったことにしていつかアイオリアの気持ちが報われる時を静かに願った。





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