05:天然っ子







少し肌寒い日。神威はフラリと地球へやってきた。もちろん仕事など終わらせてくる訳もなく、今頃阿伏兎あたりが
文句を口にしながら手も動かしている事だろう。
部下のそんな苦労など露知らず、目的もなくフラフラ歩いていれば、不意に腹が鳴り空腹を訴えてきた。
どこか適当な所で済ませてしまおうかと考えていたとき、背後から声をかけられ振り返れば少しだけ困った様子の
家に何の用なのかと訊ねる。神威が立ち止まり思案していた場所は、幸か不幸かの家の玄関前。
バイトから帰ってきてみれば、見知らぬ人物が自分の家の前に立っているのだから、困惑するのも当然である。
の問いにお腹が空いているんだ、とまるで質問に答えていない言葉を返せば、何を思ってかは初対面の相手にも拘らず
良ければ家で、などと誘ってしまい、空腹が満たされるなら何も問題は無い神威もまさに言葉に甘えて二つ返事だった。

まさか春雨に所属する人物と言う事も、その胃袋が無尽蔵である事もまったく知らないは、後に知った事実に大いに驚くのだが。
の家の少ない米を遠慮の欠片もなく綺麗に平らげた後、その食べっぷりと神威の正体など、様々な事で
ただ唖然とするに突然の切り替えしをする。


「ねえ、君」

「は、はい、なんですか・・・?」

「今からウチの炊事係ね」

「え?」


田舎から江戸に一人上京してバイトをしながら細々と暮らしていたは、そうして春雨第七師団の炊事係として働くことになった。
反論も質問もする暇は無く、春雨へまさに攫うようにして連れていかれ、いまやその肩書きは、団長専属炊事係。
友人や知人、田舎の両親へ挨拶もままならず、あっという間に気付けば宇宙。
初めて肉眼で見る地球はやっぱり青かったと、故郷へ出した手紙に書いた初の宇宙の感想がそれだった。

地球では滅多にお目にかかれない食材と対面しながらも、四苦八苦しながら炊事係として奮闘する
あまり春雨についてや、乗組員について詳しい知識は無い。聞いてもなぜか殆ど端から零れ落ちてしまうのだ。
ただ、説明の中にあった戦闘集団みたいなもの、という単語だけは確りと残っている為、腹が減っては戦は出来ないだろうと
より一層自分の仕事に力を入れるばかりである。
今日も今日とて、俵三つ分と思える量の米を炊き、おひつと言うよりタライを乗せたワゴンを押して向かったのは神威の部屋。
毎日三食。時にはおやつ時も含めて四食。こうしてはワゴンで神威のご飯を運ぶ。


「神威さん、ご飯ですよー」

「うん、開いてるよ」

「失礼します・・・よっ、こいしょ!」


気合を入れてワゴンを運ぶと、次に待っているのはご飯をこれでもかと乗せたタライを一つひとつを下ろす作業。
これがまた熱いし、暑いし、重いしで正直はいつか腰がポッキリいくのでは無いだろうかと心配していた。
それと同時に段々と逞しくなっていくような気すらするから不思議である。
いくらなんでもこんなにお米を食べて飽きないのだろうかとも思うが、お米は一番エネルギーになるし、おいしいからいいんだと
変わらない笑顔でサラリと言われてしまえばそれ以上なにも言えない。
もちろんおかずの量もお米にあわせてある。味噌汁など一杯がラーメン丼の量だ。


「神威さん、前から気になっていたんですけれどね」

「なに?」

「なんで私を炊事係に?」


しかも団長専属だ。それはあまりにも初対面相手に与える役職としては飛びすぎだろう。
さすがにですら疑問を持つ事だが、言われた神威は何故そんな事を気にするのか不思議だった。


「そんなの、のご飯が美味しかったからだけど、それじゃ不服?」

「いえ、美味しいって言っていただけるならそれでいいんですけれど。でも毎回同じ味が出せるわけでもないですよ?」

「美味しければいいよ。不味かったらの首が飛ぶだけだし問題無いんじゃない?」

「ええ、クビにされちゃうのはちょっと困りますよ。こんな高給は滅多に巡りあえないし・・・」


辞めさせられないように、これからも頑張っておいしいご飯を作ろう、と意気込むだが、もちろん神威が言った「首が飛ぶ」と
が捉えた意味合いは一致していない。神威は言葉そのままの物理的な意味であって、飛べばそれこそ人生に幕を
閉じる事になるだろう。それに気付かないはある意味幸せだ。


「そうだ、今度ちょっとしたじゃれ合いがあってね」

「じゃれあい・・・ですか」

「小さい星の反抗勢力とか言うのを黙らせるのなんて、じゃれあいじゃないか。それはともかく、その時も連れてくから」

「ええ、いつもお弁当だっていらないぐらい早く帰ってくるのに!?」

「だってお弁当のお米は醒めちゃうからね」


いつだって暖かいご飯が食べたいんだと、今まさに、職権乱用が目の前で振りかざされている。
お米を炊くのはいいがいつもの量を炊くのだろうか。お弁当だって重箱五つ分ぐらいは作っているのだが、現地で作れるだろうか、と
は与えられた仕事はしっかりこなしたい所だが、不安が拭い去れない現状に冷や汗が流れた。
せめてもの妥協案で電子レンジと言う手もあるが、言う前にレンジで温めるには量が多すぎると、自分で却下した。
だいたい言った所で即席物は嫌だとか我侭を言うのだろう。神威とはそう言う男だ。


「わかりました・・・言い出したら聞かないのはよく分かってますので、行くしかないんですよね」

「うん。は物分りがいいね」

「じゃあ、現地ではついでに他の皆さんの分のお弁当も」

「ダメ。俺だけでいいよ。他のは、他の炊事係が作ったお弁当でも持たせれば文句は言わないんだから」


なんと我侭なのだろうかと思いつつ、そんな所がちょっと可愛いなと、けして本人に知られるわけにはいかない事を考えながら
は仕事の後なら汚れてくるだろうから、お風呂とご飯どっちを先にしますか、などと聞いてみる。
もちろん神威はご飯が先だと即答した。

そんな彼らのやり取りを、書類を持ってきた阿伏兎はドア越しに聞きながら、どこの若夫婦のやり取りだと呆れながらも
それについて一切触れないあたりが、苦労人が自ら苦労を減らす唯一の方法である。





<<BACK