10:看病







銀時は風邪とは無縁に見えて、意外と風邪を引きやすい体質にある。
以前は四十度近い熱を出してまで仕事をしようとして、無理矢理にでも布団に寝かしつけたほどだ。
どうせ貰ってくるなら風邪など出費が重なるものでは無く、大金の入ったジュラルミンケースにでもしてくれと言いたい。
それを言ってどうなるわけでもないし、病人に愚痴を零せばいつもの三倍はすねるだろう。そうなると手がつけられない。
まだ苦い薬は飲めないと駄々をこねられるよりかはマシなのだが。
しかしそんな事を言ったところで、はその握力に物言わせ有無を言わさず無理矢理に飲ませるのがオチだろう。


「はい、銀さん。おかゆできましたよ」

「・・・食欲が無ェよ」

「食べなきゃ薬も飲めないし体力もつきませんよ。病原菌と戦うにはまず健康な体から!」

「健康とはほど遠い所にいるけどね」


さすがに熱で頭が朦朧としているせいか、突込みにもキレが無い。
背中を支えて起こし、おかゆの入った皿を渡した所でも隣でおかゆを食べ始める。
もともと米びつの中身は空に近かったのだ。おかゆにすれば水分を含んでいる分、お腹も膨れるような気になる。
あくまで気になるだけであり、実際は銀時以外は空腹を感じる。それなのに、神楽もやたらとおかゆを食べたがっていた事もあり
今の万事屋の主食はおかゆだ。これを気に少し体重が落ちてくれないものだろうかと、は密かに思っているのは内緒である。


「・・・そういや、神楽は?」

「定春の散歩に出かけてます。あと、銀さんの服着て、ついでに仕事探してくるぜ、ってちっちゃい銀さんになってました」

「バイクにだけは乗せんじゃねぇぞ・・・ゲホッ」

「ちゃんとキーはこっちで預かってますから大丈夫ですよ」

「それ、玄関の鍵なんだけど・・・」

「・・・」


少しかすれた声で的確に突っ込みをいれる銀時に対し、持っていた鍵を再度確認したは何もいえない。
確かに握られていたのは玄関の鍵だった。それならば肝心のバイクの鍵はどこへ、と問うまでもないだろう。
そこは先手をうって新八が隠していれば嬉しいと思いながらも、きっとそれはないだろうと結論付ける。
今頃バイクに跨ってどこかにぶつかってバイクはボロボロだろうか。まだ本人に怪我が無いならそれでいいのだが、下手な事故を起こして
無免許のうえ下手に事故を起こせばこちらにもその矛先が向いてくる。
何時ぞやの浮気調査の依頼では何とか誤魔化せたのだが、今回もそううまく行くとは思っていない。


「と、とりあえずお薬飲みましょうか! ほら、銀さん」

「・・・なんか俺、熱が余計出て来た気がする・・・何が起こっても俺は知りませんからね・・・ゲホッゲホッ」

「はいはい、わかりましたから。喉やられてるんですから喋らないで下さい」


自分の失敗を何とか端に追いやろうと必死のは、いつも以上に甲斐甲斐しく銀時の看病に勤しむ。
いつもこれぐらい優しければ言うことはないのだがと思っても、けして口にしないのは銀時の聡い所だろう。
下手に口にすれば今は保留にされても回復したあとにその報復が待っている。はそう言う性格だ。
黙っていれば大人しく、人の言う事にはいはい頷いてコロリと騙されそうな外見に対して、中身が色々と裏切っている。
口を開けば意外と物事をはっきり言葉にして、時には笑顔で人の傷口に塩を刷り込んでくる。加えてその凶悪な握力。
それでいてしつこいわけでは無いが、何かあったと気のためにと、人の弱みは意外と覚えている性質だ。
その被害に会ったことのある者は、がまさかそんな性格だったとは思わなかったと、後になって口々に言う。


「銀さん、他に何か欲しいものとかありますか?」

「んー・・・いや、無ェな・・・とりあえず寝る」

「はい、おやすみなさい。あ、でも今日ちょっと冷えるっていうんで、もう一枚布団もってきますからね」

「んー」


咳も止まらず、まともに返事するのも億劫な銀時が微妙な言葉で返したのを聞いて、は食器を持って和室を出て行った。
居間の時計をみればもうすぐおやつ時だ。そろそろ神楽たちがお腹を空かせて帰ってくるだろう。
まだ今日一日分のおかゆはあるが、さて明日からどうしたものか。殆ど残っていない鍋の中身と、ほぼ空に近い冷蔵庫を見て
から零れたのは溜息ではなくいっそ米粒一つが万札になればいいのに、と言う呟きだった。

すぐに帰ってくるだろうと思った神楽たちが実際帰宅したのは日も暮れた頃だった。
着物の裾などが擦り切れ、ヘルメットもどこか歪な形になっているのを見るだけで、案の定バイクで電柱やガードレールにつっこんだらしい。
奇跡的に家や人に突っ込む事はなかったようだが、あの特徴的なバイクとこの格好からして目撃されていれば一発でバレるだろう。
修理代などまた出費がかさむ事を考えれば自然と苦笑いと溜息が同時に滲み出る。
の様子とは裏腹に、神楽たちはどこか晴れやかだった。その原因は、そんな荒い運転をしつつも地道に仕事を探して何とか一件
仕事を見つけられたらしい。おかげで明日からの食料の心配は、一時的にではあるがなくなったというわけだ。
神楽たちが請けた依頼をこなしている間、は万事屋で変わらず銀時の看病をする事になった。



「ゲホッ、ゴホッ、・・・クシュッ!! ・・・うぅー・・・鼻が痛い・・・頭痛い・・・」

「銀さんの風邪がうつるなんて、ってベタだねぇ・・・」

「うるさいですよ・・・は、は・・・クシュ!!」


その後暫くの間、万事屋では風邪のローテーションが組まれなかなか治らなかったという。





<<BACK