09:朝帰り
台風が近づき江戸は稀に見る激しい風雨に晒され、万事屋の窓はガタガタと音を鳴らし揺れていた。
進行速度の遅い台風はまだ江戸を離れる気配が無い。揺れる窓を睨む銀時はひどく機嫌が悪かった。
昨日はその台風前の家補強の依頼が入ったはいいが、帰るのが遅くなった為新八は万事屋に泊まって行った。
この分では今日も泊まって行くだろう。
だが銀時の機嫌が悪い原因はそこでは無く、速度が上がり予定より早く上陸した台風によって、がこれなくなった事に立腹していた。
朝からそんな調子の銀時に、新八は溜息をつく。
「銀さん、気持ちはわからないでもないですけれどしょうがないじゃないですか」
「新八、放っておいてやるアル。銀ちゃんもそういう年頃ネ」
「どういう年頃だよ・・・」
台風が過ぎ去ればすぐに会えると言うわけでは無い。仕事が忙しく、なかなか休みがとれないが漸く休みをもらえたのが今日だった。
前々から銀時に会いに行くと言っていたし、見た目からは判らないが銀時もそれを楽しみにしていただろう。
それがまさかこんな形で妨害されるとは思っていなかった。
どこか不貞腐れ気味の銀時へそれ以上何も向ける言葉は見当たらず、ただ熱めに煎れたお茶を飲むだけに終った。
時折子供のような態度を見せるが、それにいちいち構っていてはキリが無い。
「・・・新八、何か聞こえるアル」
「窓の揺れる音じゃ無いの?」
「違うヨ。ドアのほうから聞こえるネ」
「え?」
こんな日に来客などあるわけも無いだろうと思うが、もし本当に誰か来たと言うなら応対しなければならない。
しかし玄関に近づいても誰か来たようなノック音は聞こえなかった。ほとんど強風によって揺れる音しか聞こえない。
やはり気のせいだったのだろう。そう思って居間へ戻ろうとした新八は、不規則に揺れる扉が不意に規則的な音を立てたのを聞き逃さなかった。
もしやと思い扉の前でどちら様かと問えば、殆どは揺れる扉の音で掻き消されてしまっていたが、確かに返事があった。
扉を開ければそこにはびしょ濡れのが立っている。
「さん!?」
「こんにちはー」
「いや、こんにちはじゃないですよ! なにやってんですか!」
「とりあえず、あげてもらってもいいかな? 寒いんだよね・・・」
「当たり前でしょ! もう、さっさと上がってください、今タオル持ってきますから」
ずぶ濡れで強風に晒されてしまっていては体温は低下するばかりだ。微かに体を震えさせ、唇もどこか青白く見える。
を土間に上げれば、居間から神楽と銀時がやってきたが、突然の訪問とその姿に驚き、同時に呆れた。
先ほどまで確かに、会えない事に子供のように不貞腐れてはいたが、まさかこんな無茶をするとは思わなかった。
一体何を考えているのか。何でこんな天気でやってきたのか。聞きたい事は全部後回しにしてお風呂へと放り入れてしまう。
暫くすれば漸く元の肌色に戻ったは、今はお茶を啜って一心地ついた所だ。
「で、なんでこんな雨の日に傘も差さず突然やってきたわけ?」
「傘は壊れちゃったから捨てたの。それに、約束してたじゃん」
「お前ね・・・確かにしてたよ。でもまさかこんな悪天候で来るわけ無ェと思うじゃん。銀さんの寿命縮まらせる気ですかコノヤロー」
「確かに驚きましたけどね・・・」
「でもそう言う銀ちゃんこそ、台風の野郎こんな時に上陸するんじゃねぇよ、俺とのラブタイフーンで跳ね飛ばしてやらぁ! とか痛い事言ってたネ」
「ちょっと神楽ちゃん、その痛い眼差しやめて。銀さん意外とガラスのハートなんだから。しかもそんな台詞言った覚えないし」
「そう言いながら目線泳いでますよ銀さん」
新八のツッコミの後、暫しの沈黙が流れたが、突然一際強く窓が音を立てて揺れた。
一応雨戸は閉めてはあるが、ついていない窓は板で補強した程度だ。この調子では板が剥がれるのでは無いだろうかと一抹の不安が過ぎる。
しかし何より困ったのはだ。勢いできたは良いものの、帰れそうに無い。
休日は今日だけで明日からは一応通常通り出勤しなければならない。しかも自宅より、万事屋のほうが職場が遠いのだ。
台風は今夜にでも抜けるらしい。明日の朝早く起きて出れば問題は無いだろう。
「銀ちゃん、今日泊めて」
「しかたねぇな、これじゃ帰れ無ェもんな」
思い至ってから行動に移すまでの速さはさすがのものだが、の答えなどお見通しだったのだろう。
銀時の返答も早く、新八たちがそれに口を挟むのにも数秒の間も空けなかった。
「あ、僕も泊まらせてもらいますよ」
「じゃあ皆で並んで寝ようよ」
「ちょっとなにそれ、銀さんの部屋で皆で寝ようって言うの?」
「駄目?」
「・・・まぁ、いいけど」
「安心するネ、銀ちゃんとの間には私が寝るヨ!」
「何さり気に妨害しようとしてんだ! の隣は銀さんのもんだ!」
「大人気ない喧嘩しないで下さいよ・・・」
まるで遠足のような騒ぎだが、外がお祭り騒ぎのようなものだ。今更屋内で多少騒いでも下から文句がくる事もあるまい。
まだ昼過ぎだと言うのにすでに夜寝る配置で揉め始めた二人だったが、新八とは慣れた物でそれにそれ以上口を挟む事もしなかった。
ここで決めてもどうせまた寝ると気になって言い争う事は目に見えているのだ。少し離れた場所に座って、のんびりとお茶を啜って傍観を決め込んだ。
「そういえばさん、家のほうは大丈夫なんですか?」
「うん、今日は帰らないからって言って出て来たから。そしたら出てくる間際に朝帰りは許さんだの言われたけれど聞こえないフリしちゃった」
「随分と計画的な・・・・・・ご両親も大変ですね・・・」
こんな悪天候で突然出かけるなどと言い出してさぞ心配だっただろうの両親の気持ちを考えると、目の前で神楽といまだ子供のような
口喧嘩を繰り広げている銀時をの姿を見て、溜息を漏らさずにはいられなかった。
娘さんの彼氏がこんなマダオでごめんなさいと、なぜか新八は謝ってしまいたい気持ちに駆られたが、それはお茶と共に飲み下した。
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