06:口うつし







放課後の3Zの教室でと銀八は机を挟み座り、机の上には国語のプリントが一枚。
先日の小テストの出来があまりにも悪く、このまま放っておくわけにもいかないだろうと珍しく銀八から補習だと声がかかってしまった。
どうせその裏では校長とまた給料がどうの、と言うやり取りがあったのだろうが、そんな事などには関係ない。
そもそもあまり勉強は得意では無いところに、放課後に担任とマンツーマンで勉強だなんて勘弁して欲しいはもちろん断るが、相手は銀八だ。
口先だけでも何枚も上手で、さらには人生経験も抱負。どう頑張っても勝てるわけがなかった。



「ぅー・・・・」

「はいはい、唸ってないで考えなさい。お前はやればできる子なんだから」

「考えすぎて頭痛いです。帰りたいです。冷蔵庫のプリンが私を待ってます」

「頭痛はそれだけ脳みそが動いてる証拠だ。安心しろ、プリンは先生が食べておいてやる」

「どこにも安心できる要素も無いしプリン食べる為だけにうちにこようとしないで下さい」



補習をはじめてもうすでに二時間は経とうとしている。
銀八がわざわざ用意したプリントは半分以上真っ白だが、同時にの頭の中も真っ白だ。
頭を抱えて唸り考えるをよそに、銀八は先ほどまで舐めていた飴がなくなると白衣のポケットを弄り探す。
しかし目当ての物は見つからず、どうやら最後の飴を食べてしまったらしい事に気がつけば
仕方がないと脇に置いておいた袋をガサガサと音を立て取り出した。



「なにやってんですか?」

「んー? いいからはプリントやってなさい」

「・・・先生、その赤い箱はどう見てもポッキーにしか見えないんですが」

「ポッキーですよ?」

「ですよ、じゃねェよ!」



あろうことか袋から取り出したのはポッキーで、迷わず開ければ一本取り出してくわえる。
の怒りなどまったく気にせず「早くプリントをやりなさい」と、飽くまで先生態度だがその手に持ったポッキーで全てが台無しだ。



「補習に苦しむ生徒の目の前でよく食べれますねぇ?」

「マグロは泳いでねぇと死ぬだろ? 先生は糖分摂取しねぇと生きてけねェから」

「取りすぎも体に悪いですよ。なので 「駄目」



一本欲しい、と言い出す前にすっぱりと断られてしまった。
甘味に関してはこれでもかというほどケチ臭い銀八は、今もの目の前でポリポリと食べている。
これが教師の態度なのかと思うが、言ってもしかたのない事だとも思う。それでもせめてもの反撃で溜息をついた。
なるべく意識を銀八へ、と言うよりもポッキーへ向けないようにしてプリントに視線を落とすと先ほどとは別の意味で溜息をついてしまう。

どんなに頑張ったとしても、わからない物はわからない。
普段あまり使わない脳みそをフル回転させたとしても、出てくる答えはたかが知れている。
の行き詰まっている問題は漢文だった。レ点がどうのと言われても正直よくわからない。
大体なんで漢文なんかやらなきゃいけないんだと、そんな気持ちだろう。
あからさまに眉間に皺を寄せていれば、そこに銀八の人差し指が突き刺さる。



「いだっ!! せ、先生痛い!」

「んなに眉間に皺寄せてっと戻らなくなるぞー」

「誰がよらせてると思ってんですか!」

「まあ少なくとも、授業中に寝て人の話しを聞いてねぇ勉強不足の自身のせいだろうな」

「うっ・・・い、痛いところを・・・・」



グリグリと押される眉間も痛ければ反論の余地も無い正論を叩きつけられた心も痛い。
顔を歪めて銀八を睨み据えるの視線など意に解さず、何時の間にそんなに食べていたのか、最後の一本をくわえた。
あまりにも悔しい。それに半分本気でポッキーも食べたい。
その二つの気持ちがない交ぜになったは次の瞬間、とんでもない行動を起こす。



「っ!?」

「へっへー、いっただきぃ〜! 先生、油断しすぎですよ」

「・・・・、お前ね・・・・・」

「んふふー、半分だけど、ポッキーはやっぱりおいしい! ・・・って、何でそこででっかい溜息つくんですか!?」

「いやぁ・・・・先生まいったわー、若いって時に素晴らしく恐ろしいね、うん。
 特にちゃんみたいな子には時々オッサンは本気悩まされます。とりあえず今自分がした事を振り返ってみなさい」

「え、なに? 何でいきなり名前呼び?」



の疑問に答えず、机に肘をつき片手で顔を覆う銀八の項垂れっぷりにビクつくは、言われ先ほどの行動を思い返してみた。
最後の一本を食べきられる前に、なんとしても。一口だけでも。と言う執念のみだった。
後先など考えていない。考えていたことはいかにそのくわえたポッキーを上手く奪うか、ということだけ。
考え瞬時に出た答えは、端をくわえてそのまま持っていけるだけ頂いちゃおう、という。つまり構図で言えばポッキーゲームのそれである。



「・・・・・・・・・あ」

「はい、わかりましたか。まあね、先生はお前はただポッキー食べたさだったと言う事はよく解ってるからいいけどね。
 もしお前、これをまかり間違ってに気のある男子にでもやったらあとが大変だぞ?」

「・・・す、すいません・・・」



自分のとった行動を振り返り、改めて考えてみればとんでもない事だった。銀八が呆れ、溜息をつくのも無理ない。
項垂れてしまったの頭を軽く叩くと小さく唸るような声。上から見えたの耳は真っ赤だった。



「うん、まあいいけどね。お前も十分反省してるみたいだし、とりあえずプリントも頑張ったから今日はもう帰っていいよ」

「は、はい・・・あの、じゃあ、また明日・・・さようなら」

「はい、さようなら。車には気ィつけろよ」



鞄を持ち逃げるようにして教室を出たが走り去る音が聞こえる。
音も遠ざかり、机の上に残ったプリントを持って立ち上がると銀八はゴミを備え付けのゴミ箱へと捨てて職員室へと向かった。



「・・・これも所謂口うつしってことになるのかね?」



いやいや、何言ってんだ自分。やめよう、こんな事考えるの止めよう。
そうだ、今日はジャンプの発売日だ。あと帰り際にいちご牛乳も買って帰ろう。あれ、シャンプーそう言えば切れてなかったっけ?

自分で漏らした言葉を振り払うかのように関係の無い事などを考える銀八は、歩きながら知らず溜息をつく。
誰も居ない夕日が照らす廊下を、ペタペタとサンダルの規則的な音だけが響いた。





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