03:うなじ







まだ朝日も昇りはじめた早朝にはふと目を覚ました。
普段から眠りは浅く、少しの気配ですぐに起きてしまうのはしかたがない。
昔とった杵柄と言えば少し違うが、天人の横行する昨今では真選組に追われる攘夷浪士という身である。
気配に敏感で無ければいつ首が飛ぶか。いつ捕まるか。
世間は平和な世を過ごしていると言うのに、己の身は望んだこととはいえ今だ戦の匂いが抜けきらない。
自嘲の笑みを浮かべながら布団から出たは顔を洗いに廊下に出る。
桶の中を冷たい水でいっぱいにすれば最初は軽く慣らすように洗い、気付けば豪快にバシャバシャと洗っていた。
不意に背後に気配を感じて濡れた顔のまま振り返れば、そこに立っていたのは桂。



「おはよう、。早いな。」

「あ、ああ、おはよう。ていうか、なんで背後に立ってるの?」

「ん? ああ、顔を洗おうと思ってきたのだが・・・」



桂の言葉に朝からこの場にいる理由としては当たり前だと思い、そこからどこうかと思っただったが
次に聞えた台詞に思わず動きを止めて鋭く桂を睨みつけてしまった。



「おい、今なんて言った?」

「だから、ついのうなじを凝視してしまったと・・・・
ゴハッ!!!

「あーごめん、手が滑ったー。あっはっはっは」



瞬時に空になった桶を桂の顔面目掛け投げつければそれは見事にヒットし、手ぬぐいを引っつかんで鼻血を出してその場にうずくまる桂の横を
が通り過ぎれば背後から「俺は諦めんぞ!」と、わけのわからない決意をしながら叫ぶ桂の声が聞えてくる。
耳を塞ぎ聞かなかった事にしてさっさとその場から離れてしまった。
寝室に使っていた部屋に戻り、髪紐を捜すだったが枕元に置いておいたそれが何処にもなく布団を畳む前に軽く叩いたりなどして
どこに行ってしまったのかと探すが結局何処にもなく。
新しい髪紐を買うまでどうしたものかと考えながら廊下を歩いていれば顔を洗い終わっただろう、桂とまた顔を合わせる。
元々あまり広いわけではない隠れ家。
どうあっても顔を合わせてしまうのは仕方がないことであるし、今朝のような桂の奇行もいつもの事なので
先ほどの自分の行動すらも忘れて、そういえばと桂に声をかけた。



「ねえ、髪紐持ってない?」

「ああ、それならあるぞ」



懐から出した髪紐。だがそれはとても見覚えのある物だった。






「私のじゃねぇかァァァァ!!!」

グオッ!!! ち、違う!! これはお前の部屋から持ち出したとかそう言うのではなくてだなッ!!」

「ほお? なら納得の行く説明をしてもらおうか、桂小太郎?」






若干顔に影を作りながら笑えば桂の口元が引きつった。
身の安全を確保するべく数歩離れれば、どうやらそれは廊下に落ちていたらしい。
それを拾いに届けに行こうとしたところだったのだと言えば、真意のほどは定かでは無いが髪紐一つでもめても仕方がない。
ここは一つ、素直に礼を言って受取るべきだとが思えばどういうわけかそれを桂は渡そうとはしなかった。
いい加減身支度もしたいし髪も纏めたい。
桂の遊びに付き合っていられないと言えば、突然目の前に人差し指を突き出してきた。



「一つ、頼みごとを聞いてくれ」

「何?」










縁側に座るとその後ろに立ちの髪を梳きながら一つに纏めようとする桂。
桂の言ってきた頼みとはの髪を結わせてくれという、何とも平凡な「願い」だった。
元々髪を纏めるつもりだったし、桂は自分の髪が長い事もあって纏めるのは上手い。断る理由もないと二つ返事で了承すれば
背中を押されて連れてこられた縁側に座らされ、だんだんと昇ってきた朝日に目を細めた。
丁寧に髪を纏め結い上げる桂の手は思いの外、安心できてしまう。おかげでマッタリとした朝を過ごすことになる。
そういえばこんなにゆっくりと朝を過ごしたのは久しぶりかもしれないと、ふと思う。
いつもならさっさと用意をしてさっさと隠れ家を出て情報収集だ人集めだと、色々とやっていた気がするとは自分の普段の一日の過ごし方を思い出した。
なんと慌ただしく、息つく間もない忙しない毎日だろうかとフッと笑ってしまう。
もしかしたら桂が突然髪を結わせてくれなどと言ってきたのも、そんな自分を気遣ってなのかもしれない。



、いつもの髪型で構わんのか?」

「んー? ヅラの好きなのでいいよー」

「ヅラじゃない、桂だ。なら、いつもので良いな」

「何? いつもの髪型が好きなの?」

「ああ、上に一つ結い上げたのが一番だな。何せそれならのうなじが拝みほうだ・・・
ウッ!!

「何かいいました?」



横からの手刀で弁慶の泣き所を思い切り叩いてやればうずくまってしまう。
おかげでせっかく上に纏められた髪は中途半端にパラパラと落ちて元のストレートに戻ってしまった。
昔から「うなじが綺麗だ」などと言って隙あらば人のうなじを見たがる辺りがどうかと思う。きっと本人としては素直に誉めただけなのだろう。
見たがるのはよくあるつい目が行ってしまう、というものに似ているらしい。
知人で性格をよく把握していない者から見れば、一歩間違えれば変人扱いされかねない。
無意識なのだろうが、こう言った所さえ無ければ最高なのにな、とけして口にしないはうずくまる桂へ早くしてくれといつものような口調で言えば
「すぐ手が出る所をどうにかすれば良いのに・・・」などと言われ、余計なお世話だと言葉と同時にデコピンでお返しをしてやった。


きっと互いにこのやり取りも性格も治ることはないだろうと思いながら、結局毎日同じようなやり取りが繰り返される。
ある種、平和とも言えなくもないこのやり取りがけして嫌いではないなどと、やはり口にはしないだった。





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