04:パンチラ







高らかに鳴り響く授業を開始する鐘の音。
それを耳にしながらまったく動く気配を見せない高杉は、一人薄暗く静かな階段の一段目に座り、明り取り用の窓を見上げている。
暫くして誰一人として歩いていない廊下を、上履きで歩く独特のゴムの擦れる高い耳障りな音が響いた。
段々と近づいてくる音はやがて、高杉の背後で止まると微かに息を吸う気配。


「やっぱりこんな所にいた」

「・・・毎度、ご苦労様な事だな」

「誰が苦労させてるのよ。・・・ちょっと高杉、こっち向きなさいよ」


授業をしている周りの教室に気を使っているのか、静かに響くの声を聞きながら高杉は億劫そうな動きで振り返った。
上のほうでまさに仁王立ちのを見て、ついたのは溜息。
聞き逃さなかったが少しだけムッとした顔をすると、口を尖らせて高杉を睨みつける。


「溜息をつきたいのは私の方よ。まったく、こんな問題児がいるなら風紀委員なんかやるんじゃなかった・・・」

「おいおい、その腕章が泣くぜ。やりたくなきゃ、クソ真面目にこなきゃいいじゃねェか」


人を皮肉るような、独特な笑い方をして適当にやればいいものをと鼻で笑う高杉には思わず声を荒げてしまいそうになったが
それは寸での所で思いとどまり、落ち着く為に深呼吸をしてキッと強く見据えた。

「先生に頼まれなきゃ、呼びになんかこないわよ。
 探してこなきゃ単位あげないとか脅迫されたんだから! 職権乱用よあれっ」

積もりに積もった愚痴であろうの言葉をやはり一笑してしまった。
口をへの字に曲げ、それ以上は言葉を発する事は無く変わりに大きく溜息をつくと高杉を捕まえようと一歩踏み出そうとした。



「動くな」



「っ!」



突然、低く響いた高杉の短い言葉に思わず息を呑み、は動きを止める。
目を細め睨むかのような顔をする高杉が一体何をしようとしているのか。
わからないはただ立ち尽くすだけしか出来ない。
動揺するに構わず高杉の視線ははずされる事が無く、その眼光の鋭さに後退りしそうになったが
それすら先ほどと同じように一言で動きを止められ、それを悔しくも釈然としないとも思うががそれを言葉にする事は無かった。

いつまでも続くのでは無いかと思われた沈黙に終止符を打ったのは、一瞬、高杉が浮かべた微笑。
緊張によって鋭く研ぎ澄まされた辺りの空気は、それによって微かに緩んできた。

高杉は果たして、自分の些細な行動一つでどれだけあたりの空気に変化を及ぼし、それがどれほど周りに影響しているのかということを
きちんと理解しているのかと常々は気にしていたが、の心配を他所に高杉にとってそれはほとんど無意識の内に身に付けてしまった
一種の癖のようなものである事をが知る由もない。



「おい、

「な・・・なによ」

「クク、テメェは気付いてんのか?」

「だ、だから何が・・・?」



ワザと核心を避けて問う高杉の質問に苛立ちを感じながらも、一体なんの事なのかとは訝る。
間を置いて言ってくるかとも思われたがの予想は外れ、高杉はどうやら自身が気付くまで放置するつもりらしく
先ほどの微笑ではなく独特な笑みを口元に張り付かせたまま、視線をへ向けているばかりだった。

だがここで、は気付く。視線の位置がおかしい事に。

それは確かにへ向けられた視線だが位置が、の顔では無くやや下。
高杉の視線を眼で追ってみれば多少の誤差はあるだろうが、位置的に言えば太腿付近である事はわかる。
一体何故そのようなところなのかと思った時、初めて気付いた。
高杉のいる場所からはまるで、丸見えなのだ。スカートの中身が。


「・・・・ぎゃっ!」

「おいおい、もっと色気のある叫びを頼むぜ。でもまあ、中々いい眺めって言えばそうだがな」

「た、たたたっ・・・高杉の馬鹿!」

「安心しろ、別に見えちゃいねーよ。まあ、あれだ、ようは見えそうで見えないって言う 
「変態、スケベ、お前なんか燃えちまえー!!」


今だ授業中の校舎内をは力の限り声を張り上げ走り出す。
泣きそうな顔で走り去ってしまったを思い出しながら、高杉はその場から離れ屋上へ向かいだした。
重い扉を開けて外へ出れば少し強めの風が吹いてくる。
扉のすぐ横に座り空を仰いで、笑みを浮かべた。


「さて、下準備は上々。後はどう振り向かせるか、だな」


好きな相手ほど意地の悪い事がしたくなってしまうという、ある種典型的な気質を持ち合わせている高杉は
明日からはどういった趣向でアプローチをしてみるかなどと考えながら、結局その日は一度も授業に出なかった。
はといえば、結局単位をもらえないなどという事は無かったがその後の授業は精神的に荒れに荒れていた事は言うまでもない。





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