同情するなら金寄越せ







給料日前、財布の中は空だがそれを乗り越えればすぐに枯渇した中身は潤うと知っている。
だからこそそこまで悲観的にもならず、は今日も借りてきたDVDで趣味の映画鑑賞と洒落込んでいた。
一通り見終わり、インフォメーション画面を流しつつ面白そうな物はないかと、煎餅片手に休日を堪能しているの部屋へやってきたのは沖田。
この男所帯の場所で、唯一プライバシーを護っていると言えばの自室だが、それも沖田の前ではあって無いようなもの。
ノックや一声かけるなどといった配慮など欠片にもない。そんなことは日常茶飯事で、着替え中に他の隊士をだましての部屋へ飛び込ませた
なんてこともしばしば。おかげで突然開けられても溜息を漏らしながらDVDのソフトを入れ替えるぐらいの余裕ができた。


「なんでぇ、シケた面しやがって。そこの庭の土で顔でも洗ったほうが良いんじゃねェのか?」

「あなたは庭にでも埋まっててください。今日はいったい何しにきたんですか?」

「へぇ、言うじゃねぇですかぃ。まぁ、それぐらいの反撃が無ェと調教のし甲斐がねぇや」

「他の方にお願いします・・・って、煎餅皿ごともってかないでくださいよ」

は山崎がかわいそうだと思わねぇか?」

「は?」


隣に座りの煎餅を皿ごと抱え込んで食べる沖田の言葉に、突然何を言い出すのだと眉を寄せその横顔を凝視するが
けして沖田のその言葉が善意から出てきたものではなく、何かを企んでいるゆえの物だと疑ってかかった。
の真意などお見通しの沖田は何かを言われる前に、失礼なやつだ、と表情を変えずに空になった皿を脇へ置き立ち上がった。
どうやら今日も山崎はミントンを仕事中にやり、それを土方に見つけられ咎められたようだ。
いつも一人でミントンの素振りばかりを続け、肝心のミントン仲間が居ない。その姿がかわいそうだと鼻で笑いながら言う沖田を見て
そう思われている事にかわいそうだと思いながら「そうですね」と淡々と答えた。


「そこでだ、俺は考えた。ここはミントンのラケットを一本買ってきてたまには相手してやればいいじゃねぇかって」

「そうですか。それはいいですね。じゃあ、隊長頑張ってくださいね」

「誰が俺がやるって言いやした? 早く出しなせェ」

「・・・あえて聞きますが、何を?」


嫌味なぐらい真顔で右掌を見せるように出されれば、何を要求されているのかが嫌でも分かってしまう。
あえて聞いたが返ってきた答えは「財布を出せ」と予想通りなものだった。
誰が渡すものか。軽く睨み返すように財布を入れた懐を護りながら後退していくが、退がった分距離をつめられる。
視線をぶつけ合った瞬間、は勢いよく廊下へ向かって走り出した。が、廊下へ出た瞬間、激しい音を立て床が割れた。
穴に足がはまり倒れた勢いでの懐から財布が飛び出す。一度廊下で跳ねて庭へと落ちたそれを沖田が拾い、倒れた姿を鼻で笑いながら
手元で財布を弄び背を向けて玄関へ向けて歩き出す。
追いかけようにも、沖田の罠は穴だけにおさまらず、はまったその下でさらにトラバサミのような物まで設置され見事はまってしまっている。
泳ぐように手をばたつかせるがそれで沖田が止まるわけもなく、無残にも財布と共に外へと出て行ってしまった。


「ちょ、隊長!! 誰か、誰か隊長を捕まえて! 隊長! 隊っ・・・
財布ゥゥゥゥゥ!!!


の悲痛な叫び声も無残に響き渡り、誰一人として沖田を止める者は無かった。
せめてもの償いとしてか、山崎がを助け起こしたが沖田への恨みつらみに加え、もともと山崎をだしに使って今の状態に陥ったと考えれば
八つ当たりもしたくなるもの。
トラバサミで赤くなった足をみて心配そうに治療をすすめる山崎へにらみ付け「ミントン止めちまえ」と呟いた。


結局沖田が戻ってきたとき、返された財布の中身はスッカラカンになっていた。逆さに降っても会員カードとレシートしか落ちてこない。
打ちひしがれていた所にやってきた土方は、の姿に呆れの意味をこめた溜息と共にタバコの煙を吐き出した。
油断したお前が悪いと言われてしまえば反論などできはしない。言葉が出ない分、視線で訴えるがそれも流されてしまった。


「ま、毎度アイツに振り回されてるお前には同情するぜ」

「同情するなら金寄越せよ」

「なんだそれ、給料の前借はしねぇ」

「いざという時に空腹で力で無かったらどうしてくれるんですか」

「しょうがねぇな。だったらこれ食っとけ」


そっと懐から出されたのは土方御用達のマヨネーズ。
口元を引きつらせて受け取ったマヨネーズは食さず、中にタバスコを混ぜて沖田の机にそっと置いておいた。
軽い報復のつもりだったがいつのまにか冷蔵庫へ入れられてしまい、忘れた頃にそれは土方が口にして大惨事になってしまった。
普通ならば刀を振り回して追い掛け回す土方の姿が見られるのだが、さすがに入れた量がタバスコ一本だったせいか、見事に撃沈していた。
次の日までまだダメージが残っていたらしく、部屋で寝込んでいる土方の所へ行くとお返しとばかりに睨まれ声を上げそうになってしまう。


「・・・・・・あの、すみませんでした」

「謝るくらいなら新しいマヨネーズをダースで買ってこい」

「え、店遠いんですが、車の使用は・・・」

「もちろん歩いて行ってこいよ。これも鍛錬だ」

「・・・途中で浪士に狙われて怪我したら治療代払ってくださいよ?」

「お前がそんなたまかよ。いいから行ってこい」


文句を口にしながら玄関へ向かうは、背後で鼻で笑う土方の気配に舌打ちをこぼしたいところだったが
視界の端にうつった沖田の姿にグッとそれをこらえた。
沖田の横を気にしないようにして通り過ぎたとき、嫌がらせに追加の買い物を頼まれてしまう。
さすがに耐えかねて顔をしかめてしまった時には遅く、「嬉しそうな顔をしやがって」と予想通りに追加されてしまった。
覚えていろ、とはき捨てた言葉は誰にも拾われることなく、風に流れていった。





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