似て非なる
銀時達は呆然としていた。
つい先ほどまで、万事屋にて季節はずれの大掃除を始めたというのに、今の状況が上手くつかめきれてない。
が水の入ったバケツを持って歩いていたが、足元に無造作に転がっていた雑巾を踏んで転んでしまった。
勢いよく手から投げ出され、宙を舞ったバケツは見事に四人の頭上で中身をぶちまけてしまう。
水を頭から被った衝撃で一瞬、目を閉じた。しかし開けた瞬間、周りは万事屋の居間ではなく教室。
空き教室なのか、机や椅子などはまとめて後ろに積み上げられている。少しだけ埃臭くもあった。
足元には水にずぶ濡れになった、なにやら大きな紙にマジックでかかれた魔法陣的なものと。
目の前にはいつもの隊服でも平服でもない、学ランを纏った沖田が立っていた。
「えーと、これって・・・え、何? ちょ、ちょっと沖田君、これって一体どう言う事なのか説明してくれないかな?」
「スゲェや。土方さんを抹殺する為の呪殺儀式を行ってたら、まさかドッペルゲンガーを呼び出しちまうとは・・・」
「あんたなにやってんすか!!」
「しかも俺の名前を知ってるなんて・・・あんたら一体何者?」
「それはこちらの台詞ですよ、沖田さん・・・ていうか、えっと、え? 沖田さん? 本当に沖田さん?」
相手は沖田にそっくりではあるが、自分達の知っている沖田とは少々違うようで、は思わず本当に沖田であるのか確認すれば
本人からはさらりとした肯定の答えが返ってくるだけだったが、正直なにも解決にはなっていない。
とんでもない事態だからこそ、ここは冷静になって考えるのが重要だとが辺りを見回しながら脳をフル回転させる傍ら
神楽は勢いよく沖田へと詰めより、その胸倉を掴み上げていた。
「おい、何て事してくれたんだお前! もう少しで掃除が終ろうとしてたんだぞコノヤロー!
それが終れば今頃コタツでみかんでドラマの再放送の三種の神器に囲まれてたはずだったアル!」
「あー、それならもうすぐここにマヨネーズ臭い土方って奴がくるから、そいつ抹殺してくれたらきっと戻れるかもしれないし、そうでないかもしれない」
「結局どっち!?」
「銀さん、どうしましょう。これって・・・」
「ま、何とかなるんじゃねーの? 慌てたってしょうがねーだろ。とりあえず、コイツが何とかして帰してくれんじゃねーのか?」
な?と、問いかければ沖田は先ほどと表情をまったく変えずに「何とかしてみまさァ」と、懐から表紙がボロボロの妖しい本を取り出しページを捲り始めた。
如何にも何か妖しげな事が載っていますと、全面から主張するようなそれに関してはあえて触れないでおく。
辺りを見渡していたは、ほんのりと懐かしいような気分に目を細めた。
そういえば高校の頃もこんな風な教室だったと、少しだけ感傷に浸ろうとしていたが、それは突然の来訪者の怒鳴り声で遮られてしまう。
「おい総悟ォォォ!! 俺の鞄にオメーは何してくれたんだァァァ!!」
「今頃気付いたんですかィ。気付くのが遅ェや、まったく。だからいつまで経っても土方なんですぜィ」
「どういう意味だコラァァ!! って、うおっ!?」
教室へ入ってきて沖田へと掴みかかった土方だったが、突然横から神楽が飛び蹴りを繰り出してきた。
間一髪、それを避けたが攻撃は土方だけでなく沖田にまで及んだ。
何をする、と聞けば土方を倒せば万事屋へと帰れる。しかしそれだけでは腹の虫が治まらないから、沖田も攻撃をしたという。
神楽の言葉に立ち上がった沖田は、なにやら先ほどとは違う様子。心なしか二人の背後から立ち上る気配が不穏なものへと変わっている。
いつのまにか土方など眼中に無くなったのか、二人は互いに睨み据えて今にも掴みかららん勢いだ。
「ちょっと神楽ちゃん、こんな所で暴れたら大変な事になるから!! 沖田さんも喧嘩を買わないで!」
「たく・・・で、一体オメーらはこんな所で何してたんだ? つーか、先生まで揃って、仮想大会か何かするつもりなのか?」
「は? ちょっと多串君、先生って何? 俺の事?
言っとくけど俺に教えられるこたァ、如何に代金を踏み倒すかって事と如何に家賃を踏み倒すかって事だけだぞ」
「あんたは生徒に何を教えようとしてんだ!!」
「おい、オメーら。休み時間はとっくに終ってんぞー、いい加減教室に・・・・・・・」
教室内の騒ぎに気付いたのだろう。教師が一人、扉を開けて中に入って来た。
しかし注意を促す言葉は途中で切れ、教師はただ一点を見つめたまま固まり、同時に銀時も動きを止めた。
「「ど、どど、ドッペルゲンガー!!??」」
互いに同じ顔を見合わせて指を差し、背中が壁にぶち当たるまで後退りをした。
二人の声に漸く、神楽と沖田は取っ組み合いを止めたが、新八たちも軽く混乱しているようだった。
自分たちの知る人物にそっくりな人間が居るのと、自分と瓜二つの人間が居るのは認識も驚きもわけが違う。
心なしか青ざめているようにも見える銀時は、只管「ありえない、これは夢だ」と繰り返すばかりだった。
「えー、というわけで、今日のロングホームルームは彼らをどうするかって事なんだがな。
つーか、沖田、お前はなにやらかしてくれたんですか? 本当驚いたからね。ビビったわけじゃないけど驚いたから」
「驚きもビビるのも大差無いと思います先生!」
「そこ、五月蝿いですよ」
「先生が二人・・・、これはもしかして私への愛の試練なのね!? こうやって悩み迷う私の姿を見て、楽しもうって言うのね!?
いいわ、ノってあげようじゃない! さあ、先生! どこからでもかかって、ブッ!」
勢いよく立ち上がったさっちゃんの顔面目掛けて黒板消しを飛ばすと
何事もなかったかのように銀八は手についたチョークの粉を叩き落とし議題に入る。
あの後、慌てふためいていた二人へ沖田が状況や原因などを説明すれば、漸く落ち着きを取り戻しひとまず教室に戻ろうという事になり
銀八と沖田の後を達もついていきて教室へと入った。当然教室に居る生徒たちは驚き、同時に知った顔ばかりな事にたちも驚きを隠さなかった。
どこから持って来たのかわからないが人数分の椅子を教卓の横に置いてそこに座った後、銀八から適当に端折った説明がされ
あまり難しく考えるのもめんどくさいから手っ取り早く、達を戻す方法らしきものを探そうという結論に至る。
原因は沖田にあるが、もしかしたら相乗効果的な何かがあるかもしれないと意見を求めた。
シンと一瞬静まった教室で最初に挙手をしたのは。
「なんか、銀さんにそっくりな人が先生なのが凄く違和感あります」
「いや、そんな感想は求めてないから。先生は意見を求めてるんだよ」
「なんか銀ちゃんがまともそうな事言ってるのが気持ち悪いアル」
「いや、俺じゃねーから。つーか気持ち悪いってお前失礼にも程があるだろーが」
「普段のアンタの発言を省みれば当然の意見ですよ」
「というわけで、気持ち悪いって言う意見で纏まりました。銀さん先生」
「そんな悲しい意見も求めてねーから! しかもちょっと呼び方違うし!!」
を筆頭に口々に吐き出される言葉は、およそ解決に結びつくとは思えない普段のやり取りそのものであり
受け答えをするほうもツッコミを入れたりするものだから、更に収集がつかなくなってきた。
新八が二人となればキレのいいツッコミも二倍となる。どうやらそれが面白いらしく、ボケる方も二倍の速度で次々とボケて行く。
今まで一人でツッコミを入れてきた新八同士、固い握手まで交わすほどである。
おかげで珍しくちゃんとしたロングホームルームを行い、珍しく教師らしく纏めようとしている銀八もやる気をなくしてしまう。
騒がしくなった教室内。そこで突然の挙手をしたのは沖田だった。
「先生、色々調べてみやしたが、どうやら水が原因らしいでさァ」
「水ゥ?」
「俺がやろうとしてた儀式の他に、水を使う奴が載ってたんですけど、呼ぶ方と呼ばれる方で同時に水をぶちまけると
まあ、こういった事態になるらしいって書いてありやす」
「って言うか総悟。オメーは学校で一体何をやろうとしてんだ」
「土方抹殺儀式でさァ」
土方の問いに、ニヤリと影を落とした黒い笑みを浮かべた沖田に土方は予想通り突っかかっていった。
達は後半はともかく、前半部分の沖田の言葉を何度となく頭の中で繰り返し、今の自分たちの格好を見る。
それにつられるかのように、銀八達も達の姿を見れば、その着物は水気を含んでいる。
そういえば派手に頭から水を引っ被ったなと、ふと考えると三人の視線が自然とへと向いた。
向けられた視線を感じたはしどろもどろになり、目を泳がせ懸命に言葉を捜しているらしいが、うまい言葉が見つからないらしい。
バケツの水を派手にぶちまけてしまったのはで、足を滑らせる原因となった雑巾をあの場に置いたのもだった。
今頃になって、何故あんな所に置いたのかと頭を抱えるが後悔先に立たず。
薄っすらと顔を青ざめさせながら、は銀時達が怒っているかと思い恐る恐るとその表情を窺い見たが、新八と神楽は平然とした顔をし
銀時はいつものように気だるげで特に変化が見られない。
それにホッと胸を撫で下ろしたが、それで済ましてしまうのも申し訳なく、「ごめんなさい」と呟けば、返答の代わりに頭を軽く叩かれた。
気にするなとっているのか、はっきりとした言葉にはしないが銀時の気持ちを知るのには十分だった。
沖田は更に読み進めていけば、呼んでしまったものを帰す方法、などといったなんとも親切な解説までついていたらしく
こんな厄介な事をしでかしたのだから後で当然その本は没収だといわれれば、口を尖らせつつも仕方がない、と諦める。
本を見ながら帰す方法とやらの準備を進めていくZ組の生徒たち。机を端へ寄せて、教室の真ん中を開けた状態にすると
そこに達を立たせて更に準備したのは四つのバケツいっぱいの水。それを見て嫌な予感をめぐらせたが、残念ながらそれがはずれる事はなかった。
「来た時同様、引っ被った水と同等の量の水を被せて呪文を唱えれば良いだけ・・・「良いだけってちょっと量多くない!?」
沖田の言葉を遮っての新八のツッコミに皆が同じ意見だった。
がぶちまけたバケツの水は確かになみなみと入っていたが、それでもバケツ一個。同等の量という事は残り三つは沖田の使用した水という事になる。
どれだけの気合と恨みを込めて儀式を執り行っていたのか。考えるだけでも背中に嫌な汗が流れていく。
「あ、先生。どうせなら記念撮影とかしちゃダメっすかね?」
長谷川が挙手をしながら片手にはポラロイドカメラを持っている。
どうやら今やっているバイトで使用しているらしく、使いこなせるようにと渡されたが、被写体に困っていた。
練習も兼ねてこんな面白い事態を撮らない訳にもいかないと、どこか期待したような雰囲気で銀八を見る。
「私も撮りたいネ!」
「私も! 銀ちゃん、私もカメラ写りたいヨ!」
「だー! ステレオ放送するな! どっちがどっちだか判らなくなるだろーが!!」
神楽二人の賛成の言葉に後押しされるかのように、皆が撮りたいと言い出して来た事で銀八は気だるそうにいいんじゃ無いかと
簡単に答えれば、やりたいことに関しては皆動きが機敏である。早々に黒板の前に皆並ぶと、長谷川がカメラを構えた。
がこれでは長谷川が写らないと言うが、本人はそれで構わないと返す。
よく集合写真である欠席者のように上の方にでも顔を貼り付けておけばいいんだと、誰かの言葉が聞えたが苦笑いを浮かべるしか出来なかった。
二枚撮ると出てきた一枚を銀時達へと渡し、銀時が懐に入れて改めて教室の真ん中へと移動する。
沖田が本を片手に呪文らしき、奇妙な言葉をブツブツと口にして突然四方からバケツの水をぶちまけられた。
油断していた所にかけられた為、激しく咽た銀時達は一言文句を言おうと顔を上げた時である。目の前には先ほどの奇妙な光景はなく
いつもの万事屋の居間だった。バケツが一つ転がり、その周りは水で濡れている。先ほどの出来事は夢か幻かと思いながら、懐を弄った銀時の手に
カサリとした感触。先ほど長谷川が撮った写真だった。
「あーあ、これ、また掃除しなきゃ・・・」
「皆でやれば早いですよ」
「お腹すいたヨ。さっさと終わらせるアル!」
写真を眺めながらボゥっとしている銀時をが声をかければ、写真をまた懐に入れて文句を一つ二つ漏らしながら皆で掃除を再開した。
奇妙な出来事もあるものだと思いながら、たまにはそういった事があってもなかなか面白くていいかもしれない。
そう思った銀時だったが後日、数時間ほど全身ずぶ濡れ状態のままだった四人が風邪を引き寝込んでしまった事で
やはり普段通りの、何の変哲もない生活が一番だと噛み締めた。
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