秋色の思い出
「あー、あそこで止めてればなァ・・・」
秋特有の昼の暖かさと相まって、懐が一足先に冬場へと片足を突っ込んでしまった銀時は、先ほどのパチンコでボロ負けをして
一度当たりを掴んだ所で欲を見せず止めておけばと、悔やんでいた。
後悔先に立たずとはまさにこの事。
空同然の財布を眺めるのを止めて、一人寂しく公園のベンチに仰け反り座り、焦点の合っていない視線を空へと泳がせた。
口から零れるのは溜息ばかりで、耳に入ってくる周りで遊ぶ子供の声などどこか遠くに聞いているような状態。
日の温もりに、次第に重くなる目蓋を無理に抉じ開ける事もせずに銀時の意識はそのまま夢の中へと現実逃避してしまった。
昼を少し過ぎた時間。天頂から少し傾いた所にある太陽。
緩く温かい日差しを布団代わりに、濡れ縁で眠るのはまだ幼い少年の銀時。
その体を揺さぶり、先ほどから起こそうと試みている少女が一人。
実は少女が近づいてきた辺りから、目は覚めているのだが起きる気は無く狸寝入りを決め込んでいるわけだが
こちらも諦める事はせず、名を呼び、体を揺さぶり、時に頭を軽く叩きながらとあらゆる手段を使い銀時を起こそうと必至だった。
一度それらの行動全てを止めて深い溜息をつくと、ほんの少しだけ間を開けて少女は手を伸ばす。
銀時は突然の激痛に驚き声を上げて飛び起きた。
「痛ェェェェ!!!」
「あ、起きた起きた!」
「起きたじゃねェェェ!! 、テメー何しやがんだ!!」
起きた銀時に満足げな笑みを浮かべている少女、は抗議してくる銀時へと平然とした顔をして
鼻をつまんで捻ってみた。とサラリと答えてしまう。あまりの罪意識の無さに、それ以上何かを言おうとしていた銀時の気がそがれてしまった。
項垂れた所でが銀時の腕を掴むと、有無を言わさず引っ張り走り出してしまう。
まだ昼寝をしたいという文句を聞きいれもせず、足を止めずに着いたのは大きな柿の木の下。
少し大きめの柿がたくさん実をつけて微かに甘い香りを漂わせている。
「ほらほら、一杯柿があるんだ! 甘そうな奴とかもあるんだよ!」
「へー・・・」
柿の木を見上げ、の顔を見れば何かを期待した顔と眼差しを銀時へと向けている様子に、もう一度木を見つめて幹を二度ほど叩いてみた。
そこからは躊躇わず、子供特有の行動力だろう。どんどんと上へとよじ登っていき、一番近くの太い枝へと乗ると、そこから慎重に枝先へと移動していった。
手を伸ばして柿を取ろうとする銀時の僅かな動きに合わせて、枝も縦に揺れている。
は下から銀時の事を最初でこそ期待した眼差しで見ていたが、枝の揺れの大きさに次第に心配そうな色を浮かべ始めていた。
それに構わず、そこからでは届かないと思った銀時は更に枝先のほうへと移動して腕を目一杯伸ばす。
伸ばした指先が微かに震え、あとほんの少しだけ先へと行けば柿に触れそうだという瞬間、視界が一瞬ブレた。
「痛ェェェェ!!!」
夢の映像と同時に鼻先へと痛みを感じ、突然の現実へと銀時は引き戻される。
何の因果か、夢で発した言葉と同じ声を出してしまったがそのような事は二の次で、鼻先のあまりの痛みに鼻を押さえて前のめりにうずくまった。
涙目になった視界の端に映るのは小奇麗な足袋と草履に、着物の裾。痛みの原因は目の前に居る人物である事は間違いなく
更に言うなら、銀時の知り合いでこのような事をする人物など一人しか思い当たらない。
「・・・、オメーは俺に何か恨みでもあるんですか?」
「何言ってるの。こんな所で転寝して風邪ひいちゃうから、起こしてあげたんじゃない。
恋人の体を気遣ってあげたんだから感謝こそされても、そんな睨まれる覚えは無いんですけど」
「それは良いけど、起こす度に俺の鼻をもぎ取る気か? めちゃくちゃイテーんですけど」
顔を上げて睨み見たのは先ほどの夢に出てきただった。
それでもアレは小さいときの夢であって、今目の前に居るはちゃんと成人をしている大人な姿ではあるが。
恨み辛みを言葉にしそうな銀時の様子など意に介さず、隣に座ったは持っていたビニール袋をガサガサと漁り出す。
まだヒリヒリと痛む鼻を擦る銀時はそれに気付かず、鼻血が出ていないかどうかを気にしているようだが
突然目の前に出された柿に一瞬驚き、差し出しているの顔を見たあと受取ると、も自分の分だろう柿を取り出して迷わずかじりつく。
「そういえば、さっきなんか夢でも見てたの? なんか、妙な顔してたけど」
「妙ってなんだ、妙って。・・・ちょっと昔の夢見ただけだよ。
に無理矢理起こされて柿の実をとろうとした時のさ。オメーも覚えてんだろ?」
「あー、あのあと枝折れて銀ちゃん、落ちちゃったんだよね。で、ビックリした私が大泣きしちゃったんだっけ」
「マジであれはビビった。落ちた事よりもそっちの方がビビった。
だってオメーが泣くなんて、天変地異並みの出来事で・・アデデデデッ!!」
「銀ちゃ〜ん? 私を一体、何だと思っているわけ?」
引っ張られた耳を離されたあと、痛む耳を擦りながら凶暴性はちっとも変わって無いとぼやけば
それが聞こえたが笑みを浮かべて鼻をつまむと慌てた様子で、くぐもった声のまま只管謝った。
暫しそのままで居たが、捻る事はせずに手を離してまた柿へとかじりつくの横で、銀時は小さくホッと息をつく。
「そういえば、私あの時何言ってたっけ? 正直それは覚えてないんだよねー」
「俺は覚えてる。本当あんな言葉どこでお前は覚えてきたんですか?」
「え、マジで私、何言ったの?」
木から落ちた銀時は膝をすりむいた程度であったが、は怪我をさせてしまったことや柿を取って欲しいと言ったわけではないにしろ
とってほしいと言う意志をもって銀時をその場所に誘ってしまったという罪悪感からか、謝りながら突然
キズモノにしたから責任をとるなどと、どこで覚えてきたのかとんでもない事を泣きながら喚き散らしたに驚きながら
とにかく泣き止ませようと必至だった銀時もあまりの事に頭が回っていなかったのだろう。
今思えばとんでもなく恥ずかしい約束をしたものだと、感じずにはいられない。
「あははははっ、私ってばそんな事言ってたっけ? いやー、お恥ずかしい。
でもさ、銀ちゃんも銀ちゃんだよ。十年経って私が恋人いなきゃもらってやるー、だなんてさ。
ずいぶんと大胆な告白してくれたもんだね。逆に驚きすぎて涙引っ込んじゃったもん」
「しょうがねーだろ。あん時はがとんでもない事言ってきたのに驚いて俺も慌ててたっていうか。
ガキの浅知恵っつーかさ。あるだろ、そんな感じのやつ」
「あれ? じゃあ、約束は無し? せっかく銀ちゃんのために今まで彼氏作らないで待ってたのに?」
「何言ってんだよ、侍はなァ守れねェ約束はしねーんだって。
それにいまさらだろうが。嫌だったらな、最初の時点で断ってたって。あれはガキの戯れだーとかなんとか言ってな」
銀時の言葉に満足そうに笑みを浮かべてはかなり豪快にまた一齧り。
それを見ていた銀時はベンチの背凭れに仰け反るようにすると、もらった柿を見ると同じようにかじりついた。
「甘ェ」
「うん、甘い。
ね、今度さ、ぶどう狩りにでも行こうよ」
の申し出に時間と金があったらな、と答えながらまた柿を一齧りした。
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