彼らの日常
晴天の昼前の時間。校庭では体育の時間なのだろう。男女が混ざり合ってボールを投げ合っている。
どうやらコートの形、人の配置から見てドッジボールらしい。
外野の新八が投げたボールをが確りと両手で受け止めると振り返り、思い切りそのボールを投げた。
「ドゥリャァァァァ!!!!」
「ブヘッ!!!」
「あー、惜しいアル。顔面はセーフネ」
「フッ、神楽。私の辞書に「セーフ」なんざありゃしねェ」
投げたボールは思い切り長谷川の顔面にぶつかった。
勝ち誇った笑みを浮かべるだったが、そんな彼女へと抗議の声を上げたのは顔面を押さえる長谷川。
「ちょっとちょっと!! ちゃん! 俺外野! しかも君たちと同じチームだからね!」
「ハッ! この陣地から出れば全て敵だ。悔しかったらテメーの敵倒してこの陣地へ入ってくることだなァ!!」
長谷川の抗議に対しても鼻で一笑する事で終らせてしまった。
再び飛んできたボールを受け止めると今度はきちんと相手内野の沖田へ向けてボールを投げる。
それはやすやすと受け止められてしまい、お返しとばかりにすぐに投げ返された。
眼前に迫ってきたそれは速く、受け止める事が難しいと判断したは一切の躊躇いも見せずにそれを蹴り上げた。
遠くへと放物線を描き飛んでいくボールを眺めながら、新八は呟く。
「さん。ルール無視しないで下さい」
「オイ新八、何甘ったるい事言ってんだ? 私がルールに決まってるだろう?」
笑顔を浮かべて言われた言葉に、ただ新八は何を言っても無理だと判断し深く溜息をつくだけに終った。
そんなルール無視のドッジボールも何とか無事に終わったあとは、皆が楽しみにしているお昼休み。
は体育の帰りに売店でパンやデザートのゼリーなどを買い教室へと戻れば、土方が弁当を机の上に置きなにやらカバンをガサガサ漁っている。
なんとなくそれが気になったが土方の前に立ち、何をしているのかと問えばどうやらいつも持って来ているマヨネーズを忘れてしまったらしい。
たまには素のままの味を楽しんだらどうだ?というの提案も、今日はマヨネーズに合うものを詰めてきたと返されて終わる。
「しょうがない、ちょっと待ってろ」
「?」
呼び止める間もなくどこかへ向かったが数分ほどして戻ってくれば、有無を言わさず持っていた物を握り締めて
既に蓋の開けられていた土方の弁当の真上から、躊躇いも容赦もなく滝のようにソレをぶちまけていく。
「ウオオオォォォイ!!! ちょっとなにやってんのお前ー!!!」
「マヨネーズもケチャップも変わらないじゃんか。快くスペアをくれた北大路に感謝しろよ?」
「するかァァァァ!! 大体マヨネーズとどう似てるんだよ!! 色も味も匂いも違うだろーがァァ!」
「ウッセーなァ。かけちまったんだから仕方ねェだろーが。ウダウダ言ってねーでこのケチャップ臭い弁当早く食えよ。
いや、ちょっと、本当ケチャップ臭いわ。マジキッツイわこれ」
自分でやった事だというのに数秒前の自分の行動など知らぬと言う顔で、ケチャップ塗れの土方の弁当を吐き気がしそうだと
そんな表情で一瞥すると鼻をつまみながらそこを去って行った。
無情にも残されたケチャップ塗れの弁当を暫しの間見つめながら、土方は食べ物を粗末するぐらいならケチャップ塗れになったほうがマシだと
心頭滅却すれば何とやら。一気にその弁当を胃へと流し込むように完食したという。
ちなみに土方の机からは暫くの間、ケチャップ臭が中々とれずに沖田にさんざん罵られたのは別の話だ。
「んで、進路相談室なんかに呼んで何の用ですか銀髪先生?」
「銀髪だけど銀八だから。まァ、オメーのその態度は別に今さらだからいいけどよー」
いつもの如く気だるげでやる気のない銀八のホームルームも特に連絡事項らしきものもなく
今日はいつものように早い時間に家路につけそうだとが立ち上がったとき、突然進路相談室に来いと名指しで呼ばれてしまい
一瞬このままばっくれようかとも思っただったがその行動は読まれていたらしい。
銀八が逃げれば国語減点だと、ホントに小さく呟いた言葉は確りとの耳に届いていた辺りがいやらしい攻撃この上ない。
隠す事もなく文句や不平不満を口にしながらも、一応ちゃんと後ろをついて歩く。
進路相談室について中に入れば早々に椅子に座り用件を聞く。
「あー、一昨日進路希望書配って書いてもらっただろう? それについてな、先生はのを見て大変イラッときました。
大事な事だからもう一度言うけど、本当イラッときた」
「私ちゃんと書いたじゃん。何がどうイラッと来たんですか銀髪先生? ってオイ、なんでおもむろにプリン出して食ってんの?」
「ほら、イラッときたら甘いものって定番じゃん?」
「・・・私もイラッときたわー。悔しいから私もチョコ食おうっと」
話を進めるどころか互いにカバンに隠し持っていたプリンやチョコを一通り食べきるまで無言のまま。
漸く食べ終わったあと、ゴミを端へと寄せて漸く話しが切り出される。
椅子の背凭れに仰け反るようにして銀八は一枚の小さい紙を取り出し、それを見ると眉間に皺を寄せた。
の進路希望の紙らしいが、裏面しか見えない状態でもはっきりとわかる明らかに真っ二つに破かれた痕跡とセロテープの補修痕。
視線の置き場に少しだけ困っていたはそれを見つめていると、銀八は深い溜息をついた。
「まずな。名前の欄だけどよー、『チャーハン食べたい』ってなんですかコレ?
投稿ハガキのペンネームですかコノヤロー。お前はチャーハン食べたいさんか!?」
「だってそれ書いてた時に急に食べたくなったんだからいいじゃん別に」
「よくねーよ。まあこれはまだ序の口でな、お前コレ・・・第一希望!」
立ち上がると後ろにあった小さい黒板にそれを遠慮なく大きく書き出した。
―― 茶ー反
「小学生でもこんな無理な漢字の当てはめ方するかァァァ!!」
「えー、だって思いついた漢字書いたらそうなったんだし、私のせいじゃねーッスよ」
力強く黒板を叩く銀八を他所に、飽くまでも反省する気も無いは目線を窓の外へと向けた。
銀八は深い溜息をあからさまにつくと、また背を向けて黒板に大きく書き出していく。
「じゃあ次、第二希望な。お前のコレ見て正直先生、この紙半分に破いたよ。
半分で止まった俺を誉めて欲しいくらいにイラッときたからね、コレ」
カッカッ、と独特な音を立ててチョークで書き出された文字。
それを見つめるの目はあまりにも他人事のようであるが、生憎背を向けている銀八にそれは判らない。
最後の線を引いた所で、銀八は振り返った。
―― 痛飯
「たしかに読み方は『いためし』なんだけど、漢字の意味わかってねーだろお前?
何で炒めるが出てこないの!? つーか、痛々しいのはお前の頭の中ですからァァァ!!」
「むしろ先生の方が痛々しいんじゃないですかー?」
「オイコラ、先生のどこが痛々しい? こんな物を提出されて、むしろ先生の心が痛いよ。
あとな、先生はもう一つ疑問に思ってたんだけどね、コレ進路希望の紙だろ? 何で漢字練習してんですか!?」
「気になったら止まらなくなった。だが後悔も反省もしてない」
「しろよ!!」
の言葉にイチイチ突っ込みを入れている銀八は、先ほどよりも深い溜息をつけばガクリと項垂れるようにして椅子に座った。
心なしかの進路希望書を持つ手が振るえているようにも見えるが、はあえてそれを見なかったフリをする。
窓の外へと視線を向けてただ頭の中では早く帰りたい、の一言のみで埋めつくされていた。
「・・・でな、まあここまでのはいいとしよう。千歩譲ってよしとしよう」
「心狭っ!」
「ウルセー。・・・・・・問題は第三希望の欄だ。ここでとうとう先生我慢できなくてこの紙真っ二つだったよ。
モーゼもビックリな引き裂きっぷりだったよ」
ピラッとに見えるようにして掲げると、その第三希望の欄に書かれていた言葉。
それはただ一言。
―― チャン・コーハン
「某格ゲーのキャラ名だろうがコレェェェ!!! つーか分かる奴いるのかって言うようなネタ引っ張ってくるんじゃねーよ!!
大体なんで第二までは『チャーハン』で押し通してたくせになんでここでこの変化球かなァ!?」
「いや、名前似てるよなコイツって思ったらつい。・・・と言うか先生、勢いあまって私の進路希望の紙破いてんじゃねーよ!!!」
「勢いあまってじゃねェ! 破く気でいたんだよ!」
「尚更性質悪いわ!」
肩で息をしながら互いに言い合うと銀八だったが、途中から一体どんな話題で何の言い合いか見事に混乱し始めた頃
不意に壁にかかった時計が視界に入り、そのまま時間を確認した瞬間。なんともいえないの声が漏れた。
銀八もそれに気付くと背後にある時計を見上げた所で時間はすでに四時をさしていた事で納得する。
進路希望の紙をきちんと書いていない事を注意するつもりが、互いの言い合いなどで時間を思いの外費やしてしまった事に銀八も少なからず内心驚いていた。
そうこうしている間にはカバンを引っつかむと足早に廊下へと向かい、銀八の静止の声になどでとまるはずがない。
「スンマッセーン!! 見たいテレビあるんで帰りますわー!!」
「おいィィ!! ! オメー明日学校きたら希望書もう一回書いてもらうからなー!!」
「出来るもんならやってみやがれってんだー!!」
声高に捨て台詞を吐いて廊下を走るの遠ざかる背を見送りながら、銀八は今日で一番の深い溜息を肺の底から吐き出した。
机の上に真っ二つに破かれた紙を一瞥し、それらをゴミ箱へと捨てると職員室へと戻り
すぐに明日へと渡す新しい進路希望書をコピーするとそれを目に付きやすい所へと置いた。
提出期限は明日中。
そう書かれたメモの切れ端が視界に入り、それをもみ消すかのように迷いなくゴミ箱へと放り投げる。
校長より口を尖らせて言われつづけた提出期限。今回それを守らなければ減給だとも言われている。
しかし相手は受け持ったクラスで一、二を争うほどの曲者。一筋縄ではいかないだろう。
「俺、今月減給かも・・・」
夕暮れ時の職員室に響いた銀八の一人言が現実になったのは言うまでもない。
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