背中に感じる温かさ







「オメーらに今日は大事なお知らせがある」


予鈴が鳴りホームルームが始まったとたん、いつもと変わらずやる気の無い表情だがその口調はいつもよりも真剣だった。
様子の違う担任の言葉に教室は自然と沈黙に包まれ、銀八の次の言葉を待てば、たっぷり時間を作って閉ざした口を開いた。


「今日は先生の誕生日だ。よって甘味を寄越せ。もう三日も食ってないんだ」

「先生、真剣な顔でなにバカな事言ってんですか。生徒舐めんのもいい加減にしてください」

「誰がオメーら舐めるか。俺が舐めるのは飴玉だ!」


話しを真面目に聞こうと思ったのが間違いだったと、一瞬にして生徒たちはやっていられるかと呆れた表情になる。
しかし銀八はどこまでも本気らしく、今日甘味をくれた者には国語の評価をそれなりにあげてもいいかもしれないと
なんとも曖昧で且つ汚い手を堂々と口にする。
教師がそんな事でいいのかとツッコミを入れたいところだが、それは無駄な事だろうと新八は口を閉ざした。
そのかわりに口を開いたのはと神楽。言っても無駄だと分かっていても、つい口を出してしまうのはもう条件反射に近い。


「先生、そんな賄賂めいた事していいんですか? 明日の新聞に載っちゃいますよ」

「大人は汚いアル」

「汚い世界を知らないで大人になれると思ってんのか? 大人の世界はなァ、テメーらが考えているほど綺麗じゃ無ェんだよ」

「何で甘味の話からそんなデカイ話しになってんですか! 先生、いい加減真面目にホームルームを・・・」


新八のツッコミは再び鳴った鐘の音に掻き消され、出席すらまともにとらずに銀八はさっさと教室を出て行ってしまった。
きっと職員室に戻った後に適当に全部出席にしているかもしれない。何せZ組は出席率だけは学校内で一番なのだから。

次の授業の準備をする傍ら、はさっそく一時限目前の腹ごしらえをする神楽にどうするのか聞いてみた。
だが返ってきた答えは予想通りの言葉。


「あげるわけ無いアル。むしろ私が欲しいくらいネ。まあ、デザートの林檎ぐらいはあげてもいいけど」

「・・・そうだね。でも言ってるそばからかじりついてますけれど、お嬢さん?」


デザートだと自分で言っていたのに、主食前に口にしてしまっているのは如何なものか。
そう思っても口にしない辺りが長くこのクラスでやっていくコツと言えよう。
神楽が林檎を咀嚼するのを傍目に、一応は誕生日の事を考えるが、突然言ってくるのだから用意なんてしているわけも無い。
普段は大事な連絡などは締め切り当日や、ギリギリになって思い出して突然言ってくるが、こうして自分の利益になるような事もギリギリなのは
きっと今朝にでも誕生日だと言う事に本人が気づいたのだろう。
連絡事項も他に特にないし、言っておけば何か甘味的なものがもらえるかもしれないとか、淡い期待を込めての事だとおもう。
しかしそれに対して生徒が積極的に行動するかと言えば、そうでは無いことが多い。
だいたい皆はモチベーションが上がらないと限りなくマイペースだ。大抵は後半になって盛りあがる、まさに晩成型なのだから仕方がないのだが。
ホームルームが終ったあとも普段と何ら変わりなく過ごしてはいたが、どうやらさっちゃんだけは前から何か用意していたらしく
傍から見れば担任の先生に憧れ、恋する女子高生そのもので微笑ましいが、その手に持つダンボールが何を意味するのか。
気にはなるがかかわっては行けないとはあえて何も見ないことにした。
大方、箱に入って自分をプレゼント、みたいな嬉しくないサプライズでもするのだろうが、きっと一蹴の元それは叶わないだろう。


他の生徒たちも何かをあげるだの、普段お世話になっているから気持ちだけでも、と言ったこともなく。
滞りなく時間は過ぎてロングホームルームも終りを告げる。
今朝の連絡事項である誕生日宣言は、のほぼ予想通りで特に連絡も無いのにホームルームするのも面倒だと思っていた所に
今日が誕生日だった事を思い出し、さらには宣言した通り最近甘味をまともに口にしていないから飴の一つでもくれれば嬉しいなと
なんとも楽天的且つ適当に決めた事だった為、期待らしい期待もしていなかった。
自分のことだと言うのに、昼休みになる頃には今朝の連絡など自分でもすっかり忘れているぐらいで、放課後にさっちゃんが箱に入り
バイクの横で「私を貰ってください」などとカード付きで待ち伏せているのを見て、なんとなく思い出した程度だ。
走行の邪魔になるダンボールは脇へと足でよけ、何の感慨もなくバイクのエンジンをかければ真っ直ぐに自宅へ向かい走り出した。
その頃は、校内の駐車場でそんなやり取りがあるとは知らず、教室で一人呆然としていた。




「こ、こんな所に・・・」


は体内に残っている酸素を全て吐き出すかのような深い溜息をつく。時計を見れば六時を指そうとしていた。
放課後になり帰ろうと思ったを沖田が呼び止めれば、その姿に嫌な予感がしつつもある種恐怖で体が動かず
逃げ出す事もできずに、結局風紀委員の雑務を手伝わされる事になった。さらには逃げ出す事の無いようにとご丁寧に鞄まで隠される始末。
沖田は妙な所で要領よく、頭の回転も速いがこういう時はそれに更なる磨きをかける。
校内をくまなく探し漸く見つけた鞄は、Z組の掃除用具入れの中。まさに灯台下暗しを絵に描いたような状態に、鞄を手にしつつ項垂れる。


「もう、外真っ暗じゃん! 沖田総悟、覚えていろ! ・・・ん、なんだあれ?」


できもしない仕返しの方法を考えながら、非常口案内の灯りに照らされるだけの廊下を歩くは、そこに落ちている何かを見つけた。
暗がりのためにそれが何なのかはっきりとは判らなかったが、持ち上げた時の小銭のような音で財布であると判断できた。
だが肝心の持ち主はわからず、まだ灯りのついている教師用の玄関まで行って中身を開ければ、免許証が入っていたおかげで
それが銀八のものだとは判ったが、まだ教師の残る職員室へ行くと既に帰ってしまったとわかり内心呆れる。


「・・・先生・・・まさか気付かずバイク乗ったんじゃ・・・」


その可能性はほぼ百であると言えよう。願わくば、職質だなんだで警察に捕まっていなければいいのだが。
が鞄の中へ財布を入れると、そう遠くは無い銀八の家に向かう事にした。
本当なら今すぐにでも帰ってしまいたいところだが、拾った手前知らぬフリもできない。
もし想像通り警察に捕まっていたら、という問題もあるし、明日も気付かずもしかしたらバイクで登校するかもしれない。
残業している教師がいつ仕事を終えるかもわからないから頼むわけにも行かないと思えば、結局はが届けるしかないだろう。

暗い道を歩きながら、そう言えば今日の晩御飯はカツカレーだと今朝、母親が言っていた事を思い出すと同時に腹の虫が鳴く。
住宅街を歩くの鼻腔と空腹を刺激する、見知らぬ家の晩御飯の香りを未練がましく嗅ぎながら、途中見えたコンビニへつい立ち寄ってしまった。
帰ればすぐに晩御飯なのだから、何も買う事は無いだろうと思いつつも、なんとなくおにぎりコーナーを見てしまう。
空腹の為、そこに並ぶ物は何でも美味しそうに感じてしまう分、財布の紐も比例して緩くなってしまう危険がある。
は早々にコンビニを立ちさらなければと惣菜コーナーを尻目に出入り口へと向かおうとしたが、視界の端に映ったものについ足を止め
一度自分の財布の中身を確認してから結局はコンビニの売上に貢献してしまった。
道すがら、ガサガサと音を立てる袋に何故買ってしまったのだろうと溜息をつくと同時に、漸く目的地へとついた。
ここまで来て買出しなどで出かけていなかったらどうしたものかと思ったが、財布はこの手の内にある。
どちらにせよ、一度戻ってくるだろうと呼び鈴を押した。


「はーいはい・・・っと、あれじゃねーか。どうした? つーかなんで制服? 駄目だよすぐ帰らねーと」

「家には電話してあります。それに、帰してくれないのは先生のせいです。責任とって下さい」

「ちょ、玄関先で妙な事言わないでくれる? ご近所さんに妙な噂立っちまうだろーが」


いつまでも玄関先で妙な攻防をして居ても近所迷惑だと、とりあえず銀八はをあげてお茶を出す。
改めて突然の訪問を聞けば、ちゃぶ台の上に置かれた見覚えのある財布に間の抜けた声を出してしまった。
拾ったから届けにきたとが簡単な説明に、確かにある意味自分にも責任があるだろうと、それを受取り「悪かったな」と
礼のかわりに謝罪する辺りは銀八らしいお礼の仕方だ。
それを知っているは「いえいえ」と返すだけでお茶を啜る。伊達に三年間、銀八の生徒をしているわけではない。


「あ、そうだ。これどうぞ」

「なにこれ? 大福?」

「少ない小遣い叩いて買ってきました。プレゼントです」

「あー・・・まぁ、ありがたく受取っておくわ」


先ほどコンビニで買ってしまった単品売りされている大福を、ケーキと誕生日プレゼントの代わりとして渡せばとりあえず受取りはした。
大福だろうがケーキだろうが、甘味は甘味である。たとえコンビニものだとしても、値段が百円行かないとしても
買った本人が誕生日プレゼントだと言い張ればそうなるのだと、若干不服そうに見えた銀八へ言えば、そうですね、と返してくる。
しかし落し物を届けさせた挙句にプレゼントまで貰っては大人として、教師としてのプライドが許さないだとかなんとか
銀八がわけのわからない理由を引っ張り出してバイクのキーを掴むと家まで送っていくと言い出した。
一人で帰れますから、などが遠慮をするはずもなく、笑顔でお願いしますという辺りはさすがだろう。



「銀八先生、ケーキとかが欲しいならもっと早く誕生日教えてくれればよかったのに」

「俺だって今朝思い出したんだから仕方ねーだろ。それにケーキなら材料あれば自分で作れる」

「うわー、寂しい人ですねー。作ってくれる彼女さんとかいないんですか?」

「ウルセーよ。そう言うは祝ってくれる彼氏とかいねーの? 駄目だよ青春は甘酸っぱくても噛み締めねーと」

「だったら、先生が青春教えてくださいよ」

は来年卒業だろうが。留年する気ですかコノヤロー。先生の仕事増やすな」


傍から聞けば告白めいた言葉に銀八は悟られない程度には動揺した。
しかし経験の差と大人の余裕と銀八のプライドがそれを表に出す事はけしてなく、十月の風の冷たさを全身に受けながら
背中に感じる温かさにコッソリと微笑みを浮かべていた事をが知るはずもなく。
同時にが冗談めいた言葉で漏らした本音に、その頬が赤い事を銀八が知ることもなかった。





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今年もやってまいりました、銀さんのお誕生日!糖の日!(え)
去年はノーマル銀さんだったので、今年は銀八先生をお祝いですv
気持ち、お題連載の「それはとても小さな」のヒロインで、いつものギャグノリでいこうかと思ったんですが
3Zでまともな恋愛を書いてないなー。せっかくの誕生日なんだから、甘く行こうぜ!と思って
ほんわか甘めの、しかしどこか青春のほろ苦く、甘酸っぱい感じをかもし出してみようかと頑張ってみました。
ラブラブもすきだけれど、甘いのも好きだけれど。やっぱり先生と生徒と行ったらこの微妙なラインが一番萌えます。

当初、まんじゅうじゃなくてちゃんとケーキを買う予定だったんですが、学生の財布に五百円強の出費は痛いなと。
他にも色々理由はあるのですが、そこらへんは皆様のご想像におかませという感じでww

今回もお誕生日無期限フリー配布といことで!お気に召しましたらどうぞお持ち帰りして下さいませww
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!
来年こそは、他キャラもお祝い夢書きたい・・!でも多い!(書きたいキャラが)
頑張るぞ!!



09/10/10


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