今日というこの日







昼近くの万事屋は相も変わらず、仕事の電話が鳴るのを待ちながら各々の時間を過ごしていた。
そこへやってきたのはお登勢。ここへ来る理由など聞かずとも判る。滞納している家賃の事だろう。
案の定、いい加減に溜まった家賃を払えというお登勢だが、こちらも予想通りに払えないの一点張り。
銀時の言葉を全て聞く気は無いらしく、有無を言わさずその襟首を掴むとズルズルと玄関へと引っ張っていってしまう。



グオッ!! 何すんだクソババア! 離しやがれ!!」

「離してほしけりゃ今すぐ家賃を払うんだね。それができないなら、離すわけにはいかないねェ」

「おい! ちょっと見てないで助けなさい! このままじゃ銀さん、妖怪に神隠しにされちまう!!」



引き摺られて行く銀時を呆然と見ながら、ソファに座ったきり動く気配を見せないへ助けを求めるが自業自得だと笑顔ですっぱりと切って離した。
玄関が閉まっても後に尾を引くような銀時の恨めしそうな声が響き渡る。
やがて声も聞こえなくなってきた所で漸くは動き出し、割烹着を来て台所へ行く。
連動するかのように新八も湯飲みのお茶をすべて飲み干して立ち上がると、財布を持って玄関へと向かった。
神楽はいつも寝起きをしている押入れを開けると、一度中に入り天井の板をそっと外して中から何かを取り出して居間へ戻ってくる。



「じゃあ神楽ちゃん、さん。僕は夕食の材料を買ってきますから、あとよろしくお願いします。
 何か足りないものとかあれば、ついでに買ってきますけど」

「あ、生クリーム買ってきてくれるかな? 下手に冷蔵庫入れておくと銀さん使っちゃうから買ってないんだ」

「新八! 私肌色の粘土が欲しいネ!」

「わかりました、じゃあ行ってきますね」



玄関の閉る音が聞こえたあと、台所へ向かう前に一度見たカレンダー。
朝一にそれを捲ったのはである為、わざわざ確認するでもないが自然とそこへと目が行ってしまう。


十月十日。


この日は銀時の誕生日であると知ったのはいつの事か、それはわからない。
ただ今日が近づくにつれ、誰からともなく銀時が居ない間にお祝いの準備をして、驚かせてやろうという計画を立てていた。
当日の三人の役割は意外とすぐに決まってしまったのだが、肝心の銀時を外へ出す策だけはなかなか決まらない。
ああだこうだと嘘を並べて銀時に外に出てもらうのは容易ではないだろう。そもそも妙な所で勘が鋭い銀時だ。下手な事ををすればすぐにバレてしまう。

どうしたものかと三者三様の意見を言い合って最後に纏まったのが、お登勢に協力を仰ぐというものであった。
協力といっても、先ほどのようにいつも通り家賃の回収に来て、それとなく銀時を夕暮れまで家に帰させないようにしてくれればいいという
本人が聞けば怒り出してしまいそうなお願いであったが、お登勢は意外とすんなり首を縦に振った。
銀時が今、どこで何をしているのかはわからないが、帰ってきて第一声はきっと文句だろうということだけはわかる。



「ちょっとだけの間、辛抱してて下さいね銀さん」



そのかわり、美味しいケーキ作っておきますから。
小さく呟いては気合を入れると、台所へと向かった。
















「はぁ・・・、何で俺だけ? しかもタダ働きとか何の仕打ちですかコノヤロー」

「銀時、それは貴様が普段怠惰な生活をしているが故に返って来たツケだと思え」

「つーか、ヅラ。オメーは何でまたここでバイトしてるんだ。意外とその格好気にいってるの? 新しい世界見つけちゃったんですか」

「ヅラじゃない、桂だ。活動資金が足りなくてな。バイトを探してた所に偶然、西郷殿と出会っただけにすぎん」



お登勢によって引き摺られ連れてこられたのは西郷の店、かまっ娘倶楽部。
看板が見えてきた辺りでさらに強い抵抗を見せた銀時の努力も空しく、現れた西郷の一撃で意識を手放し
目が覚めた時には化粧を施され、着物まで着替えさせられていた状態で逃げ場を失っていたため漸く諦めた銀時は
とにかく終ればそれなりの給料はもらえるし、依頼があってやっているのだと思えば少しは気が楽だと気を取り直そうと思った矢先
とりあえずは一月分を大目に見てやるから、その分しっかりタダ働きをしていけというお登勢の捨て台詞に暫し、呆然とするばかりだった。

お登勢はちょうど、西郷の店の者が数名風邪をひき人手が足りないという話を聞いていたところで
達に銀時を外に出しておいて欲しいという相談をうけた。
これはちょうどいい口実にもなると考えていたがそれを知らない銀時にとってはまさに苦行以外の何ものでもない。
たまたまそこに居た桂にも捕まり、結局銀時は普段ないやる気がさらに低下した状態でパー子を演じつづけた。




夕方になり漸く解放された銀時はさっさと化粧を落として着替えると、そこへやってきた桂に延々と愚痴を零し始める。
聞いているのかいないのかなど、正直銀時にはどうでもいい事なのだ。だから愚痴を零す途中、桂の気配が消えたことに気付いても
それを気にとめる事もなく愚痴を垂れ流し状態で裏口から出れば、突然目の前に差し出されたのはコーヒー牛乳。それも三つも。
差し出してきた人物を見れば桂で、片手には自分用なのだろう。お茶が握られていた。
どうやら近くの自販機で買ってきたらしいそれを受取ると、ひんやりとしていて疲れた体には心地良い。



「・・・言っとくけど金無ェぞ」

「貴様が払うとは思っていない。それに安心しろ、今回ばかりは本当にただのおごりだ」



普段はこちらから奢れといっても奢らない桂が、こうしてたまに奢る時がある。
その時は大抵、裏に何か企んでいる時などであるが今回はそれも無いと本人がそう言っている。
少しだけそれを見つめていた銀時は、やはり疲れている体と本能は正直で目の前の僅かな糖分を摂取する事にためらいを見せなかった。
その場で一気に飲み干すと、冷えた液体とほんのり甘い味覚が身体中に行き渡るような感覚。
空になった缶をゴミ箱へと捨てれば、桂はお茶を開ける事も無く歩き出しそのまま人込みの中に紛れてしまった。
いつまでもその場に留まっている理由などなく、銀時も桂に背を向け万事屋へと変えるべく歩き出す。
少しだけ風の冷たくなってきた時期。夕暮れ時に鳴いていた夏の虫は形を潜め、そのかわり微かに香ってきたのは金木犀の甘い香り。
小さなオレンジ色の花は、辺りを包む夕日に照らされて更にその色を濃くしていた。





漸く帰って来た万事屋。しかし下から見上げてみても電気がついている気配が無い。
自分がいない間にどこかへ出かけてまだ帰ってきていないのかと思いながら、一人だけ労働してきた事とその場所。
加えて体を襲う疲労感なども相まって、階段を一段上がる毎に銀時の苛立ちは少しずつ深くなっていく。
だが玄関の前に立って少しだけ違和感を感じた。中から、微かに灯りが揺れているのが見える。
同時に人の気配を感じ、もしかして電気でも止められてしまったのかと思いながらドアを開けて中に入った瞬間、顔面に冷たいものがくっついてきた。








「のわァァァ!!」




「やったネ! 、新八! 銀ちゃん釣れたヨ!!」


「いや、釣れたじゃねェよ!! 一体何したの神楽ちゃん!?」

「銀さん、大丈夫ですか!?」




玄関先で叫び声を上げて尻餅をついた銀時へと駆け寄ったが助け起こし、改めて見ると玄関先に糸で吊るされていたこんにゃくを見つける。
どうやらそれが顔面に直撃したらしく、この暗闇で更に得体の知れない物感が倍増して叫んでしまったのだろう。
元来恐いものが苦手な銀時は、意外とこう言う古典的なものでも恐がってしまうがそれを本人はけして認めないのを知っている為
そこはあえて触れないようにして神楽にあまりこう言う事はしないようにとやんわりと言えば、神楽も素直に謝った。
神楽の珍しく素直な態度に、銀時もそれ以上怒ることなどはせずいい加減疲れた体を休めたいと中に入るが、相変わらず中は真っ暗。
どうやら玄関を開ける前に見えた揺れる灯りは、居間のほうでつけているであろう蝋燭のせいらしい。



「おい、オメーら。これ一体何? ちょっと銀さんね、妖怪の巣窟に冒険してきたから体力ギリギリなんだわ」

「そんな銀さんの体力を全快させる特別イベントが発生してるんですよ。ハイ銀さん、とりあえずここで目を瞑って下さい」



突然のの言葉に逆に目を見開くが、他の二人も無言のまま目線で目を閉じろといってくるのに耐えられず
本当に疲れていることもあり素直に従っておいた方が良いだろうと、目を瞑った。
神楽とに両手を掴まれて元々真っ暗な中を目を瞑って歩いているため、正直妙な感覚に襲われる。
新八が居間へ続く障子を開けて、足元に気を付けて下さいと言いながら三人で銀時がソファに座るまで誘導していく。
そこで漸く目を開けていいと言われ、ゆっくりと開けていけば最初に目に入ったのは一本の大きな蝋燭の火。
そこから次第に仄かな灯りに目が慣れ始め、やっとテーブルの上にある物がご飯である事に気付く。
普段質素と言えば聞こえは良いが、懐事情が芳しくない万事屋の夕ご飯は寂しいものであった。
がきてから少しずつ改善はされていったが、それでもおかずが一品増えたという程度のもので豪華とは言いがたい。
今銀時の目の前にあるご飯は、今まで外でそれこそ知り合いに奢ってもらわなければ食べれないであろう品数が並んでいる。
中身はごく一般家庭の夕食に近いものであるが、新八がかなり頑張って作った事は考えずともよく分かる。



「銀さん、お誕生日おめでとうございます」

「え? 誕生日? あれ? え?」

「何呆けてるヨ。もしかして自分の誕生日忘れたアルカ?」

「皆して今日は銀さんをビックリさせようって決めたんですけど・・・この分じゃ成功みたいですね」



銀時の様子を見て、達は笑みを浮かべながら居間の電気をつけて蝋燭の火を消した。
どうせ驚かせるならとことん驚かせよう、ということで電気を消して待っていようと言う神楽の提案だったが、それだけでは自分達も何も見えないと
奥から停電の時用に置いてある蝋燭を一本取り出してつけていたに過ぎない。
蝋燭を片付けた新八が戻り、ソファに座った頃漸く銀時の脳内の整理がついたのか、無言のまま頭を掻きつつ何かを言いたそうにしている。
だが言葉にするのが気恥ずかしいのか、口元をモゴモゴするだけに終ってしまった。



「とりあえず、僕からの誕生日プレゼントは晩御飯って言う事で。
 さ、銀さん。お疲れ様でした。今日は銀さんが主役なんですから、一杯食べて下さいね」

「お・・・おう・・・」



聞きたい事は山とあれど、せっかくの好意を無駄にしてしまうのも腰を折ってしまうのも申し訳ないと感じているのか
次いで出てきそうになる今日のお登勢の事とタダ働きの事はかきこむご飯ごと胃に押し込めてしまった。
正直いつも作る新八の夕食と味に変わりは無かったが、料理は気持ちだという者の言葉を今回ばかりは素直に聞きいれられる気がすると
飽くまで口にはしないが銀時はご飯を噛み締める度、そう思わずにはいられない。

ご飯も終わり、食器も片付けられた後に出されたのはの渾身の出来だと言う、手作りケーキだった。
これでもかと言うぐらいに生クリームを塗られたそれは、見事にスポンジが見えない。銀時はごくたまに、自分でもケーキを作る為道具などは一応一式揃っている。
以前台所でそれをが見つけ、菓子作りは実はあまり得意ではないと漏らしていた事を思い出した。
大きく四等分にして分けられたそれを口にするごとに、程よい甘さが広がり体に浸透していくような感覚を覚える。
銀時は気付かれないよう、ほんの一瞬口元に笑みを浮かべたがそれに達がやはり気付く事は無かった。






「銀さん、今日はゆっくりしてて下さいね。昼間はまあ・・・働いてきてもらっちゃいましたし」



先ほどまで茶碗だ皿だと、食器類が並んでいたテーブルの上は綺麗に片付けられていた。
時間にすればいつも新八が帰る時間だが、今日は泊まるらしくと二人で食器を洗っている。
神楽は押し入れの中に入り、先ほどから何かをごそごそとやっているが銀時はあえてそれに声をかけずにいた。
食器を片付けて戻ってきた二人がソファに座れば、神楽が後ろ手に何かを隠し持ってこちらへと近づいてきたのに気付いて見れば
テーブルの上に隠していた物を置いて、銀時の横に軽い音を立てて座ってしまった。
目の前に置かれたそれは、不器用ながら頑張って時間をかけて作ったのだろう。粘土細工の銀時達四人と、定春。



「私、二人みたいに器用じゃないけど、気持ちは一杯込めたネ!
 また来年、こうやってお祝いしたいヨ。今度はこんにゃくじゃなくてシラタキにするから!


「あ、いや、こんにゃくとかシラタキは・・・まあ気持ちだけな。それはちょっと、な? 銀さんの心臓もたねェから。
 まァ・・・つーか・・・、・・・・・・ありがとな」








今から考えれば、桂から突然奢ってもらったコーヒー牛乳も、そう言う事だったのかもしれない。
三つも渡された意味の程は考えがあってか、それとも偶然か。
そればかりはわからないが、次に会ったときにでも気まぐれに礼でも言えばどういう顔をするだろうかと考えて、少しだけ笑った。




その日、和室では布団が四つ並び四人は川の字で眠り、定春は皆の枕がわりとなっていた。
定春なりの気持ちなのかどうかはさすがに本人に聞いても判るわけもなく、都合の良い方へ考えてそういう事にしておけば
ほんの少しだけ暑くはあったが、程よく疲れた体は自然と眠りの淵へと落ちていきやがて五つの静かな寝息が万事屋に静かに響き始める。





眠りに落ちるほんの一瞬、銀時はきっとこの先誰にも言わないだろう思いを、心の内だけで言葉にした。













この先きっと、何があってもこの日の事を忘れる事はないだろう。





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銀さん、ハッピーバースデー!!
何とか間に合ったお誕生日夢!他キャラ差し置いて、銀さんお祝いです。
でも誤解しないで!皆だって愛してる!(少し落ち着け)

万事屋は、家族的ほんわか雰囲気が凄く大好きです・・・!そして攘夷メンバーはなんだかんだで仲良しとかが好きです!
しかし突然お誕生日のお祝いをして貰って、驚いてさらには素直にありがとうが言えない銀さんって可愛いと思います。
あと原作第一話とか見てると、絶対銀さんって普通にケーキとか上手に作れちゃうんだろうなと。
そこから考えたらぜったい菓子作り用の道具一式は持っているんじゃね?という結論に至りました☆
でも菓子作りが上手な人に、お菓子を作ってあげるってかなり勇気が要りますよ。ヒロインさん、すごい勇者だと思います。

今回は銀さんのお誕生日夢、ということでフリー配布にしちゃおうかと思います。
すごい長ったらしい話ですが、お気にめしましたらどうぞお持ち帰りして下さって構いませんので・・!
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!!


08/10/10


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